感想『アイの歌声を聴かせて』秀逸なシナリオとミュージカルで見せる “ヒトとAIが共存する未来”への暖かな希望

 


結論から言います。

『アイの歌声を聴かせて』想像以上に素晴らしい作品でした……!!

 

どのくらい素晴らしかったかというと、昨日本作を見終わったちょうど24時間後の今このタイミングで感想記事を書き上げてしまったくらいです。ぶっ刺さりました。

 

まず、映像は100点。AIが日常に浸透した近未来の世界観描写は絶妙で、主張しすぎない「未来の今」感が素晴らしかったですね。 

そして演技も100点。土屋太凰氏の「AI搭載式ヒト型ロボット」としての演技は見事の一言で、トウマ役の工藤阿須加氏と共に、福原遥氏や興津和幸氏など実力派の声優陣に負けない名演ぶりを披露していました。


……と、本作『アイの歌声を聴かせて』は非常にそつのない作品で、細かい点まで褒めていくとキリがないのが実状。なので、この記事ではある一点に絞って感想を書いていきます。 

それは、本作が出した『「AI搭載式ヒト型ロボット」の存在価値とは何なのか』『ヒトとAIは共存できるのか』という命題への回答。

 

個人的に非常に興味がありつつも、ついぞ満足のいく答えが得られなかったこれらの命題。以下の感想文は、そこに一つの明瞭な答えを出してくれた本作への恩返し(クソ重ファンレター)になります。

 

 

以下、長文かつネタバレが含まれているので、くれぐれもご注意を……!

 



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とても個人的な話になるのだけれど、筆者は「AI搭載式ヒト型ロボット」が数多の物語で夢の結晶のような扱いをされているのに対し、「それを生み出すことに何の意味があるのか」とずっと疑問に感じてきました。 

その理由の中で、最も大きなものとして挙げられるのがこちら。

 

 

ロックマンシリーズの一つで、ハイスピード2Dアクションゲームとして今尚高い人気を誇る作品『ロックマンX』。

 

舞台は西暦21XX年の未来。「レプリロイド」と呼ばれる意思を持つロボットが人間と共存する中で、ある時期を境に、犯罪を犯すレプリロイド「イレギュラー」が発生。彼らを狩るイレギュラーハンターとして、意思だけではなく「悩む心」を持つ謎のロボット、主人公のロックマンXことエックス(CV.櫻井孝宏 他)が戦いに臨む……というもの。 

「イレギュラーハンターとして人類を守る」と言えば聞こえはいいものの、エックスたちの戦いは疑いようもない「同族殺し」であり、エックスは、なぜ同じロボット同士が殺し合うのか、イレギュラーとは何なのか……といった数多くの悩みを抱えながら戦い続けていく。

 

この世界観の根底には「心があっても、所詮は機械」という人間の偏見が根付いている……のだけれど、それはきっと他人事ではなく、ロボットが世間に浸透したら容易に起こり得る「未来の現実」に思えてならない。 

そう感じられてしまうからこそ、イレギュラーハンターとしての戦いに悩み、苦しみ、自分自身のロボットとしての運命に苛まれるエックスの姿は殊更にドラマチックであると同時に、心を持つロボットという存在の是非を考えさせられるものになっていた。

 

以降、そんな『ロックマンX』以外にも『人造人間キカイダー』など「心を持つロボット」をテーマにした作品にいくつか触れてきたのだけれど、その結末として描かれるのは往々にして悲劇。 

それらを見てきて感じたのは「心を持つロボットたちは、心を持つが故にロボットという存在の持つ悲劇性を浮き彫りにし、同時にヒトの持つ愚かさを浮き彫りにしていく鋭いナイフである」ということ。 

ただし、そのような作品の魅力に惹かれる一方で『「AI搭載式ヒト型ロボット」の存在価値とは何なのか』という疑問に対し、説得力を持って肯定してくれる作品にはついぞ出会えないままだった。 

(最近では『仮面ライダー』シリーズの『仮面ライダーゼロワン』がそのものズバリAI搭載型ヒト型ロボットを世界観の軸としたものの、次第に収拾がつかなくなり迷走、テクノロジーの持つ危うさという無難な着地点に落ち着いてしまっていた)  

 

 

……と、筆者の話はここまで。

 

要は、本作『アイの歌声を聴かせて』こそが、長年求めていた『「AI搭載式ヒト型ロボット」の存在価値とは何なのか』『ヒトとAIは共存できるのか』というテーマへの回答を出してくれた待望の作品だったのだ。


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『アイの歌声を聴かせて』は、AI搭載型のロボットが社会に浸透した近未来において、「人とAIの共存が成し得るのかどうか」のテストとして、AI搭載式のヒト型ロボット「シオン(CV.土屋太凰)」が学校に送り込まれることで始まる、ミュージカル調の群像劇。 

学校に送り込まれたシオンは、なぜか主人公=サトミ(CV.福原遥)に一際大きな興味を示すばかりか、突然歌い出すなどの奇行を繰り返し、まるで失敗作であるかのような雰囲気を醸し出す。しかし、一見単なる奇行のようにも思える彼女の振る舞いが、徐々に彼女とその周囲の絆を深めていく……というのが本作の大まかな物語。

 

これだけ見ると、正直「よくあるもの」の域を出ない。むしろ、非常に緻密で令和の映画に相応しい「未来のAI描写」の中、シオンだけが旧来の「人間型の、少しズレたAIロボット」のように見えるために、彼女がひたすらに浮いているような状況……もっと細かく言うなら「彼女“だけ”致命的にリアリティが足りていない」状況のため、「よくあるもの」どころか「妙に設定が凝っているB級映画」のような怪しささえ醸し出していた。


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中盤、シオンはすれ違うゴッちゃん(CV.興津和幸)とアヤ(CV.小松未可子)カップルを歌で仲直りさせるのだが、 

①なんでそこで歌うの 

②なんでその歌そんなに的確なの 

③そもそも、生まれて間もないAIでしかないシオンの歌がなんでそこまで染みちゃうの  


……と、ツッコミどころ満載で、鑑賞中は「この映画、ひょっとして勢いでゴリ押すお涙頂戴パリピ向け映画なんじゃないか……?」などと、今の自分からすれば顔面馬乗りでボコボコにしたくなるような不遜極まりない感想を抱えていた。


そんな不安を後押しするかのように、物語はどんどんシオンの歌によって進んでいく。サンダー(CV.日野聡)は試合に勝ち、トウマ(CV.工藤阿須加)は遂にサトミへ告白する手前まで辿り着く……のだが、そんな折、星間エレクトロニクスの手によりシオンは捕獲され、更には「暴走したAI」として処分(リセット)されることになってしまう。

 

問題は、そこからだった。


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トウマが入手したシオンのメモリーデータ。そこにはなんと幼いサトミやトウマらが映っており、そこから「シオンはトウマが生み出し、サトミと共に過ごしたAIそのものであり、トウマが託した『サトミを幸せにして』という願いをずっと守り続けていた」という衝撃の事実が判明する。

 

この映画の評価が、根本から180度ひっくり返った瞬間だった。

 

サトミの幸せを願うのは、それが彼女に与えられた最初の命令であり、いつしかそれが彼女自身の願いになっていたから。 

不幸を目にして歌うのは、それが不幸を取り払う手段だと『ムーンプリンセス』そしてサトミとの日々から学んでいたからであり、的確な歌を歌えるのも、同様に『ムーンプリンセス』からの経験則。 

そして、生まれて間もないAI(と思われていた)シオンの歌が人々の心を動かしてしまうのは、その歌声に、彼女が長年抱え、育ててきたサトミへの想い/愛が溢れていたから――。


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伏線はあった。サトミの名前を最初に知っていたこと、シオンの歌がサトミの愛する「ムーンプリンセス」由来であること、折に触れて挟まれる「トウマが自作AI内蔵のゲームをサトミにあげた」というエピソード。 

自分の察しの悪さというのは勿論あるだろうけれど、どうにも本作は核心部分周りのはぐらかしが上手く、一方ではトウマの『なんでサトミを幸せにしようとするの?』という疑問に対し、シオンが『それは命令ですか?』と作中最もロボットらしい問いかけを返すことで「そこが重要なポイントである」とちゃんと示しておく……など、シオンの謎に関する伏線の張り方と違和感を覚えさせる手法、そしてその回収に至るドラマがあまりに見事すぎて、これまでこの映画に懐疑的な目を向けていた自分を心から恥じた。

 

また、こうして本作の核心が判明し、シオンが「他人から受けた願いをきっかけに進化し、自分の心を育てていった存在」であり、その行動にも全てサトミを中心とした学びがあったと分かった時、本作が「自分が長年求めていた答え」を示しているのだと気付き、感動で頭が一杯になってしまった。 

長年答えを求めていた『「AI搭載式ヒト型ロボット」の存在価値とは何なのか』『ヒトとAIは共存できるのか』という命題。それらに対し、本作で描かれた答え。それは「AI搭載式ヒト型ロボットもまた、ヒトの一つの形」ということに尽きると、個人的には感じている。


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作中、サトミたちメインキャラクターはその欠点が非常に印象的に描かれる。例えば、柔道部のサンダーは緊張屋で試合に勝てず、一見完璧に見えるゴッちゃんは、自分に突出したものがないことがコンプレックス。しかし、そんな一方で彼らは各々長所も抱えており、助け合うことで様々な困難を解決していくことになる。

 

それはAI搭載式のヒト型ロボットであるシオンも同じであり、彼女も、他の面々同様に長所と短所が丹念に描かれていく。 

ロボットであるが故に抜群の運動神経を誇り、AIであるが故にヒトならざる純粋さを持ち、一方ではまだまだ経験不足であり、他人とのコミュニケーションに不慣れという側面もあった。 

本作の白眉と言えるのがこれらシオンの描かれ方で、彼女は「取り立てて優れた存在」としては決して描かれない。長所もあれば短所もあり、トラブルを引き起こしもするが解決もする。奇跡のような出来事を起こしてしまうが、実のところ、それらも「サトミやムーンプリンセスから学んだことを、彼女なりに活かした」というだけであって、断じてご都合主義の奇跡などではない。 

より具体的に言うなら、シオンが成し得た“奇跡のような出来事”は、あくまで彼女がヒトのように学び、ヒト以上に頑張り、ヒトのために考え、それを全力で実行してきた積み重ねの結果。だからこそ、それらは全てロボットの起こしたミラクルなどではなく、むしろシオンの「人間らしさ」を後押しするものとなっていた。

 

そして、前述のような描写が緻密に行われてきた結果、シオンはAI搭載式ヒト型ロボットという異色の存在ながら、サトミらと同じ立場にある一個人であり、ヒトと変わらないサトミたちの「友人」として丁寧に印象付けられていた。

 

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だからこそ、ふと「シオンの何がヒトと違うのだろう」と感じてしまった。

 

シオンは生みの親の願いを起点に自ら学び、ヒト同様の心を手に入れた。ヒトも、最初から心がある訳ではなく、様々なことを学ぶ中で知恵を、そして「心」と呼べるものを得ていく付けていく生き物だ。 

その身体は確かに人工物だが、なら身体の一部が機械のヒトはヒトではないのか? どこまで生身だったらヒトと呼べるのか、そんな線引きはないし、あってはならない。 

シオンは個性的な長所と短所を持つが、教えを受けて、他人から学んでいくことによって進化していく。トラブルメーカーでこそあるが、一方では人を救い、人と友情を築き、時に恋心さえ抱かれる。

 

……そんな彼女を、誰がヒトでないと言えるだろうか。「AI搭載型ロボット」であることによる際立った特性は、あくまで個人の特性、もとい個性と呼ぶべきものであり、「普通」という基準の置き方によっては問題なく「普通」と呼べてしまうものではないだろうか。


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誰にだって様々な形の心があって、様々な長所と短所があって、それでも皆、お互いを想い合うことによって繋がることができる。それを体現するように、サトミたちはシオンの想い=歌をきっかけに友情を深め、それぞれの「特性」や「個性」を活かすことで、未来への可能性を踏み躙る大人たちの常識を跳ね除けていく。 

そこに「ヒト」か「AI/ロボット」かの違いはなく、皆がそれぞれにできることを全力で行っていく。人と人とが力を合わせてお互いの長短を補い合い、高め合っていくように、本作においてシオンは自分の特性を活かすことでサトミたちを救い、サトミたちもまた、最後にはそれぞれの特性を活かし、バトンを繋いでいくことでシオンを救ってみせる。 

そんな彼ら6人のごく自然な共存風景、そして、そこから生まれていく数々の「奇跡のような出来事」は、文字通り「AI搭載式ヒト型ロボットが持つ可能性」を具現化しているように見えてならない。


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他人から学び、他人を助け、そして逆に他人に学びを与える……という連鎖はヒトの営みの最たるものの一つであり、それは、ヒトの個性がそれぞれ異なるからこそできること。 

それと同じことが「AI搭載式のヒト型ロボット」にもできるのだ。 

ヒトと共存し、補い合い、学び合っていくことでお互いを成長させ、共にもっと高く羽ばたいていく。AIというヒトと遠いようで近い存在だからこそ、ヒトとの化学反応は未知数で、だからこそその未来は無限大なのだと、本作は思わせてくれる。

 

そして、それこそが筆者がずっと抱いてきた疑問への答えだった。


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AI搭載式のヒト型ロボットが生まれる意味はあるのか、ただ悲劇を生むだけではないのか……確かに、一方ではその通りだろう。本作では描かれなかったものの、AI搭載式ヒト型ロボットが生まれることによる悲劇は十分に起こり得る。それこそ、エックスのように「人の心と機械としての宿命を併せ持つが故の苦しみ」に苛まれる可能性も大いにあり得る。けれど一方では、本作のように、AIだからこそ人と共存し、新たな隣人として明るい未来に繋がる道を共に築いていける可能性もあるかもしれない。 

人間が、生まれてきただけでは何を生む者となるか分からないように、AIもまた、生まれてきただけでは何を生むものになるか分からない。悲劇を生むかもしれないし、明るい未来を拓くかもしれない。 

しかし、そんな「可能性のかたまり」という在り方こそヒトと同じものであり、その在り方を理由にAI搭載式ヒト型ロボットに未来がないと断ずるのは、ヒト=人間に未来がないと断ずるも同じことだろう。

 

大切なのは、きっとAIの可能性を恐れることではなく、AIの可能性を信じること。本作は「(AIの可能性に対し恐れを持つ)大人」と「(AIと共に歩んできた)高校生」という対比を持って、そんなメッセージを投げ掛けていたのではないだろうか。


 

AIとは身近にこそなったけれど、まだまだ未知のものであり、良くも悪くも可能性に満ちた技術。だからこそ、そのことに正面から向き合った本作には、人によって様々な見方があるだろう。 

けれど、その何が正しくて何が悪いのかについてはまだ答えなんてないのかもしれない。むしろ重要なのは、本作のような「AIと人との共存という命題に真摯に向き合った作品」が広まって、たくさんの人々がそのことについて思いを巡らせることだと思う。


そのためにも、この感想記事が、本作に一人でも多くの方が触れる一助となることを祈りたい。それが自分にできる『アイの歌声を聴かせて』への精一杯の恩返しなのだから。

ネタバレ無し! 未視聴者向けの『蒼穹のファフナー』シリーズざっくり解説。

「『蒼穹のファフナー』気になるな……」


……と、そんなことを思われている方、いらっしゃいませんか。

先日公開した『蒼穹のファフナー THE BEYOND』でシリーズが美しく幕を閉じたということやその口コミもあってか、少なくとも筆者の周りには既に数名いらっしゃる状態。 

一ファンとしても、今回の完結を機に「たくさんの方に見てほしい作品」と胸を張れるものだと感じた『蒼穹のファフナー』シリーズ。 

今回の記事では「ファフナーが気になるけど何から見ればいいのか分からない、どんな作品なのか分からない!」という方に向けて、極限までネタバレを削りつつ、各シリーズの概要とその繋がり、魅力や視聴方法などを簡単に解説。


ファフナー』に触れる最初の一歩として、本記事を活用してくださいますと幸いです。

 

 

 

【"蒼穹のファフナー" とは】

 

◇概要 

2004年に放送されたTVアニメ『蒼穹のファフナー』から続く一連のロボットアニメシリーズ。 

(外伝を除き)シリーズを通して「真壁一騎」と「皆城総士」の2人を主人公とした物語が描かれており、2021年に公開された『蒼穹のファフナー THE BEYOND』4章を持って、17年に渡る物語が遂に完結となった。 

主題歌『Shangri-La』や、『機動戦士ガンダムSEED』とそっくりなキャラクタービジュアル(どちらも同じ平井久司氏がキャラクターデザインを担当)でなんとなく知ってる! という方も多いであろう作品だ。

Shangri-La

Shangri-La

 


◇その物語 

本作は体裁こそロボットアニメだが、その内実は、ロボット(ファフナー)での戦いを通して描かれる人間ドラマ。 

戦いに巻き込まれる少年少女やそれを強いることになる大人たち、そして「死んでいった者たち」を通して「何を持って、人はそこにいると言えるのか?」という命題を問いかける重厚な作品になっている。 

繊細なドラマや独特な世界観が魅力である一方、難解な設定の割に説明不足が目立つという難点もあり、そこは『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズに近いものがある。『エヴァ』の「神話の物語」成分を「生と死の物語」成分に転化させたもの、とイメージして頂けると分かりやすいかもしれない。 

しかし、それら難解な設定はそれこそ『エヴァ』同様、分からなくても割と見れてしまったりする(筆者も未だによく分かってない設定が多いくらい)。 

とはいえ(特にTV1期は)重要なのにロクに解説されない設定があったりするのは疑いようもない事実なので、適宜周囲のファンに訊ねつつ視聴していく……くらいのスタンスが丁度いいのかもしれない。ご自身で調べられる時は、ネタバレを踏まないようくれぐれもご注意を……!

 

 


◇「鬱アニメ」としてのファフナー?  

本作は、非常に話が重い「鬱アニメ」とも言われており、実際、シリーズ通して人が数多く亡くなっていく。 

とはいえ「ただ強敵との戦いでたくさん人が死んでいく」というような簡単な話ではなく、本作はそのような「死」にひたすら真摯に向き合っていく物語。 

その描写や物語には命へのリスペクトが貫かれており、ただの「鬱」ではない、ある種の人間讃歌にもなっている。特にTV2期『EXODUS』以降はそれが物語の熱さに直結することが劇的に増え、『ファフナー』ならではの圧倒的なカタルシスとして数々の伝説を生んでいった。 

Separation

Separation

 


◇ロボットアニメとしての魅力 

本作の顔として登場するロボット「ファフナー」は、「人の心を読み、飲み込む(同化する)」という恐るべき能力を持った宇宙からの脅威「フェストゥム」に対抗する力を備えた超兵器。作中には「ファフナー・マーク○○」のような名前で多種多様な機体が登場する。 

人型兵器として洗練されたスタイリッシュなデザインがまず目を惹くが、その最たる魅力は作中での描かれ方。   

少年漫画で昔の技が使われなくなっていくように、ロボットアニメにおいては「古い機体が世代交代していき、活躍しなくなっていく」のが一つの定め。しかし、ファフナーはそのほぼ全てが「誰かへ受け継がれ、時に進化していく」ことで熱いドラマを形作っている。 

「機体と共にその魂も受け継ぐ」
「かつて守れなかった機体を時を越えて守る」 

など、この設定が活かされる場面は数えきれないほど多い。物語と「ファフナー」というロボットそのものが大きく結び付くことによる盛り上がりは、美麗な戦闘作画と併せていずれも感動必至の名シーンばかり。 

一方、ファフナーガンダムのような他の作品に比べて分かりやすいアイコンがなく、初見だと非常に見分けがつきづらいという欠点も抱えているので注意が必要。

 

 

◇音楽面の魅力 

また、音楽展開に非常に力が入っていることも大きな魅力。 

主題歌・挿入歌などは17年間、一貫して楽曲ユニット『angela』が手がけており、高い知名度を誇る『Shangri-La』以外にも数えきれないほどの名曲が生まれている。 

楽曲そのものの魅力は勿論、挿入歌の使い方のような「劇中での活かし方」もまた一級品で、シリーズ最大の見所とされる名シーンはいずれも挿入歌と共に語られることが多い。

その時、蒼穹へ

その時、蒼穹へ

 

一方、劇伴は『仮面ライダーキバ』などで知られる斉藤恒芳氏と、かのワルシャワフィルハーモニー管弦楽団によるフルオーケストラ。 

作品の壮大な雰囲気にこれ以上なくハマっており、劇伴の域を越えたある種の芸術さえ感じさせる。TV1期の名曲がTV2期の「ここぞ」という場面で使われたり、過去の楽曲のアレンジが多く存在していたりするなど、歌同様に大きなこだわりを持って使われているのが大きなポイントだ。 

ナイトヘーレ開門

ナイトヘーレ開門

 

マークザイン出撃

マークザイン出撃

  • provided courtesy of iTunes

 

 

【各作品の概要】

 

◇『THE BEYOND』以前のダイジェスト映像 ※ここだけはネタバレ注意! 多少ネタバレを踏んでも雰囲気を知りたい、という方は是非。

 

◇イントロダクション 

舞台は西暦2146年、宇宙から訪れた金色の生命体「フェストゥム」によって、人類のほとんどが死に絶えた未来。 

世界から身を隠し、人類の文化を残すために活動していた偽りの楽園「竜宮島」では、密かに対フェストゥム用機動兵器「ファフナー」を開発。フェストゥムと同質、故に搭乗者をも蝕んでいく切り札であるファフナーだったが、そのパイロット適性を持っていたのは、島のうら若い少年少女たちのみ。 

友情と不和、生と死が渦巻く戦場で、空にフェストゥムの問いかけが響く。
『あなたは、そこにいますか?』

 


1.『蒼穹のファフナー』/TVアニメ1期(2004年:全26話)  

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記念すべきシリーズ第1作。島の外に広がる絶望と戦う子どもたち、中でも主人公=真壁一騎(CV.石井真とその親友、皆城総士(CV.喜安浩平の友情とすれ違いを軸に、フェストゥムと竜宮島の戦いを描いた物語。 

かなりのスロースターターかつ、シリーズ随一の説明不足っぷりが悪目立ちするものの、緻密かつ残酷な「命」の描写や「あなたはそこにいますか」というテーマに様々な角度で切り込んでいく物語は見応え十分。本作の出来事を覚えていればいるほど後継作が段違いに面白くなっていく。

「俺は、お前だ。お前は――俺だ」

 

Shangri-La

Shangri-La

 

 

1.5『蒼穹のファフナー RIGHT OF LEFT』/OVA(2005年:全1作)  

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TVアニメ1期の1年前を描いた外伝で、主人公、将陵僚(CV.宮野真守)たちが、竜宮島を守るために挑んだ知られざる戦いの物語。 

本編以上に過酷な運命を背負わされた少年少女たちが描かれる他、本編で退場したキャラクターたちの補完エピソードでもあり、「生き抜くことの価値」を問いかける物語(特にラストシーン)は必見。視聴必須ではないものの、後継作には本作を見ておくと楽しめる点があまりにも多いため、そういった意味でもおすすめの作品。

「僕たちは常に、誰かが勝ち取った平和を譲ってもらっているんだ。例えそれが一日限りの平和だったとしても……僕は、その価値に、感謝する」

 

Peace of mind

Peace of mind

 


2. 『劇場版 蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』/劇場用作品(2010年:全1作  

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TVアニメ1期の完結編と言える物語。1期で登場したサブキャラクターたちが「新世代」のパイロットとして戦う姿や、大きく成長した一騎たち、そして進化したフェストゥムとの新たな「対話」が描かれる。 

本作からファフナーフェストゥムがCGで描かれるようになった他、シナリオやキャラクターの作画、劇伴など全体のクオリティが大きく引き上げられた。1期で悪目立ちしていた説明不足もなく、『ファフナー』という作品の知名度を大きく高めた傑作。

「選ぶんだ……何度でも! 悲しいからって諦めないで、そこにいることを選び続けろ!」

 

蒼穹

蒼穹

 


3.『蒼穹のファフナー EXODUS』/TVアニメ2期(2015年:全26話)  

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TVアニメ1期から通算4年後となる西暦2150年を舞台に、フェストゥムとの戦いを終わらせる「希望」を探す旅路と、これまで以上に苛烈な運命に抗う一騎たちの「生存限界」が描かれる。 

前作から久しぶりの再始動ということもあり、シナリオ・作画など全体的なクオリティが飛躍的に向上。これまで以上に重い試練、そしてこれまで以上に熱いストーリーが描かれており、特に第9話『英雄二人』と第19話『生者の誓い』は、ニコニコ生放送のアンケートで「1.とても良かった」98.8%と98.9%という圧倒的な数値を記録、覇権アニメの名を欲しいままにする人気作品となった。  

しかし、そのあまりにハードな展開から、精神状態が不安定な時に視聴すると大変なことになりかねない劇薬のような作品でもある。

「君は知るだろう、本当の悲劇は絶望によって生まれるのではない事を。運命に抗う事で見出される希望──それが、僕らを犠牲へと駆り立てた」

 

イグジスト

イグジスト

 


4.『蒼穹のファフナー THE BEYOND』/TVアニメ3期(2019~2021年に劇場先行公開:全12話)  

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『EXODUS』から2年後に幕を開ける物語で、正真正銘のシリーズ完結編。 

17年に渡る物語の完結編として常識を超えた完成度を誇る作品で、これまでの全ての作品を踏まえつつ、残された者たちの全ての「運命との決着」を描ききった物語は圧巻の一言。特に第9話から始まる“真の最終章”は全てのファンが報われると言っても過言ではない最高級の仕上がりになっており、まさに必見。 

その圧倒的な物語展開が高い人気を博した結果、4章に分けられた劇場公開版は4つともミニシアターランキング興業収入1位を達成するという偉業を成し遂げた。

真壁一騎にできて、僕にできないなんてことが……あるもんかぁぁーーーっ!!」

 

THE BEYOND

THE BEYOND

 


◇視聴方法 

TVアニメ1期『蒼穹のファフナー
OVA蒼穹のファフナー RIGHT OF LEFT』
劇場版『蒼穹のファフナー 『HEAVEN AND EARTH』
TVアニメ2期『蒼穹のファフナー EXODUS

は、各種レンタルショップでDVDがレンタル中。また、上記作品は下記の動画配信サイトにて全て見放題配信中となっています。 

・U-NEXT
・FOD
dアニメストア
・Hulu 

(他の配信サイトでも、一部のみ配信中であったり、レンタルによる視聴が可能です。時期によっては上記配信サイトでも見放題ではなくなっている可能性があるため、お手数ですが事前にご確認くださいませ……)

 

また、最終作『蒼穹のファフナー THE BEYOND』は4章が2021年11月現在、全国の劇場で公開中。
1~3章については、各種レンタルショップでDVDがレンタル中な他、各種動画配信サイトで有料配信が行われています。詳細は下記リンク先(公式ページ)をご覧ください。

 

 ○  ○  ○


いかがだったでしょうか。
敷居が高い作品という声も聞く『蒼穹のファフナー』ですが、正直なところ、筆者自身もまだまだこの作品のテーマや設定を理解しきれているとは思えません。

しかし、そんな状態であっても、こんな文章を書かせてしまうくらいの熱量を産み出してしまうのがファフナーという物語の凄いところ。

話数が多いという難しさはありますが、きっと見たら心に刻まれるであろう、悲しくも暖かい命の物語。一騎たちの生き様、そして竜宮島の人々が紡いできた想いの積み重ねが、一人でも多くの方の心に残ってくれることを切に願っています。

 

あなたは、そこにいますか?

 

 

感想『蒼穹のファフナー THE BEYOND 最終章』さよなら 蒼き日々よ。“ファフナー” そのものを越えていく至高の完結編


蒼穹のファフナー』との出会いは8年前、2013年。劇場版こと『HEAVEN AND EARTH』とTV2期『EXODUS』の間に当たる時期。
主題歌『Shangri-La』を使った動画を見たのが先か、友人からオススメして貰ったのが先かは覚えていないけれど、少なくとも、その時はよもや未来の自分が劇場で『ファフナー』に10回も泣かされることになるなどとは思ってなかったと思う。

 

そんなファフナーシリーズの完結編『蒼穹のファフナー THE BEYOND』本当に……本当に最高の完結編でした……!!!! 

ただ、少しでもその具体的な内容を語ろうものなら当然の如くネタバレの嵐。だけどこの気持ちを語らずにいられますか、僕は無理です。

 

という訳で、ここから先は『蒼穹のファフナー』シリーズのネタバレ全開で送る、しがないファフナーオタクの『THE BEYOND』4章の感想(遺言)になります。ご注意を!!!!

 

 

 

※下記、ネタバレ注意!!※

 

 


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(操が島に根付いたことを踏まえると)最終章にして、敵味方問わず唯一いなくなるのがショコラ。しかもその最期が『天寿を全うする』……こんな素敵な“終わり”あります……?

 


島を取り戻して平和が訪れる。それだけでも十二分に“完結”と言えたかもしれない『THE BEYOND』だけれど、(特に最終章は)それ以上のものをこれでもかと見せてくれたというか、ファフナーでこれをやられたら終わり」というのを次から次へと見せられてしまった感がありました。

 

そもそも「あ、これ本当にファフナー終わるかもしれん……」と思ったのが『THE BEYOND』9話。


誰もが声を上げたであろうタイトル『第二次L計画』。怯えるファンに叩き込まれる零央と美三香の「海中での」絶体絶命の窮地。遂には同化現象の末期症状にフェンリル起動、手を伸ばし合う愛する2人……って待て待て待って死亡フラグ全部乗せじゃん!?!?!?!?もうやめてよ!?!?!?!?!?!?!? 

あらゆるシチュエーションが『RIGHT OF LEFT』のトラウマをガンガン打ち鳴らしてくるものどころか、『蒼穹のファフナーにおける死亡フラグ全部乗せ』とかいう暴虐の限りを尽くす公式。

 

を、木っ端微塵にする子総士とマークニヒト。


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真壁一騎にできて、僕にできないなんてことが……あるもんかぁぁーーーっ!!」

 

死亡フラグ全部乗せに加えて、少し前にマークアレスが大舞台を作っていただけに、この局面での総士/ニヒト覚醒は全くの予想外で、彼が零央と美三香を見事救ってみせる姿は文字通りのフラグブレイカー。 

ここで子総士の使命が「ファフナーシリーズそのものを越える」ということであり、それこそが『THE BEYOND』の導く未来=シリーズの完結だと示されたことには、「もう終わってくれ……彼らをそっとしておいてくれ……」と祈ってきたシリーズファンでもたじろぐしかなくて、いざ”完結”が予告された際には、期待とも不安とも、寂しさとも違う言いようのない気持ちがありましたね……。


とはいえ、思えば本作が「完結編」になる伏線は山ほどあった。

例えば『THE BEYOND』4話での「総士が島の皆から全てを教わっていく」という展開は、まさにTV1期で全てが総士から始まったことと対になる構造。 

総士が一騎に導かれて島を出ることも、OP映像で島へ落ちていくマークニヒトも、何もかもがTV11期の逆オマージュ。「循環」が一つのコンセプトであろうファフナーにおいて、露骨な1期の逆オマージュはつまり全てが終わり新たな世界が始まる布石に他ならなかった訳で……。
(BGMの選出も心なしか1期を意識していた印象がある)

 

 

で、そんな匂わせに匂わせた「完結編」ぶりが爆発したのが今回の最終章(4章)。 

一つ一つのシーンについてあれこれ話したいのは山々なのだけれど、そんなことをしようものなら文量がえげつないことになってしまうので、10話、11話、12話から、特に涙腺を木っ端微塵にされたシーンだけ抜粋したいと思います。

 

叫べ

叫べ

 

 

◇10話:竜宮島、帰還 

風を感じる史彦。→なんだ……?
「大気になったミール~」→まさか……
『TATSUMIYA』→あああああぁぁぁぁぁァァァァァァーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

「竜宮島の方も自分達に会いに来た」と呟く史彦の何とも言えない表情、一体どれだけ感極まっていたのだろうと……。島のコアは勿論、島の大気(ミール)も、つまり竜宮島そのものもアルヴィスの面々を支えてくれた仲間だったんだと改めて思い知り、まずここでボロボロに泣いてしまいました。


『HEAVEN AND EARTH』の甲洋や『EXODUS』での操など、土壇場でのサプライズ救援に定評のあるファフナーですけど、最後の最後での救援が「竜宮島」って本当に最高級の文脈じゃないですか……。

史彦は千鶴を失ってしまったけど、それでも史彦は皆に支えられ、島に愛されている。そのことを示す意味でも、本作には(後の溝口とのやり取り含めて)史彦への最高の「ありがとう」が詰まっていて、こちらもボロ泣きどころでした。

 

君を許すように

君を許すように

 

 

◇10話:「おかえり」 

 竜宮島と共に復活した芹。登場することは分かっていたけれど、もう彼女の声を聞くだけで胸が詰まってしまったし、剣司の「識別コード、マークツヴォルフ……!お前なのか、立上」からの「おかえり」で駄目でした。


『EXODUS』での甲洋の「確かに助けたぞ、一騎」もそうでしたけど、こういう時の台詞と演技がファフナーは本当に抜群で、芹は姿こそ少し変わっていたけれど、その声音と笑顔での「おかえり」だけで「本当にあの芹なんだ……!」と分からせてくれて、心から安心して涙することができました。ここで新EDに繋ぐの本っ当にズルい……!

 

そして11話では、芹があくまで「普通の人間」のままであることがケイオス(ミツヒロ)の口から明かされますが、それにしてはブリュンヒルデシステム(ノルン)との連携もあって圧倒的なマークツヴォルフ。島のコアとの深い絆が彼女の力になっているというのは説得力も抜群で、数年ぶりの芹の復活をどこまでも華々しいものにしてくれていました。彼女を守り、ここまで繋いでくれたであろう織姫ちゃん、そして仲西環さん、本当にありがとうございました……。

 

ホライズン

ホライズン

 

 

◇11話:総士VS一騎 

「僕に付いてこれるか、真壁一騎!」
「――ああ、行こう、総士!」

……なんて掛け合いを妄想していたから、あの展開にはもうびっくりでしたよね!!一騎と子総士のザルヴァートル同士での本気バトルが見れるだなんて思ってなかった……!!

 

タイトルの『英雄、二人』というのは勿論『EXODUS』の『英雄二人』から来ているのだろうけど、英雄二人が並び立つ『英雄二人』ではなく、二人の英雄が相対するからこその『英雄、二人』だったのかな、と思ったり。 

そして『英雄二人』と来れば欠かせないのが挿入歌。『EXODUS』の『その時、蒼穹へ』はシチュエーションとのシンクロも相まって大好きなファフナーソングで、今回はそれを越えてくれるのか……と高すぎるハードルになっていた感がありました。

その時、蒼穹へ

その時、蒼穹へ

 

かくして11話、使われたのは披露したての新ED『今を、生きる為に』!

総士が遂に一騎を越えるべく戦う、というまさにシリーズ終幕に相応しい文脈。その教えを口にしながら、二刀流+瞬間移動という師匠=零央の戦闘スタイルでアレスに挑むニヒト。そして極め付けは、サビのシーンで挟まれる一騎と総士の思い出たち……!

 

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総士が一騎にとって息子のような存在(大人総士の生まれ変わり、あるいは忘れ形見のように見ていた印象)だったところ、この戦いでは子総士が一騎と競った末にその上を行き、その瞬間に一騎の脳内で走馬灯のようにこれまでの記憶が甦る。これはきっと、一騎の中でようやく「あの皆城総士は、もういない」と分かった瞬間なんだろうと。

 

筆者も『THE BEYOND』中盤辺りから「総士はあの総士じゃない」ということを受け入れられるようになってはいたけれど、ここでようやく「今の彼は、もう一騎と共に在る存在ではない」のだと思い知らされた感があります、 

子どもが親を越えることで真に独立するように、常に一騎と共に在り、並び立っていた総士はもういない。今ここにいる総士は、自分という存在を越えてもっと高く飛翔していく新しい命。それを(一騎、加えて視聴者が)理解したことで「こちら側」に残っていた総士が本当に旅立ってしまって、だからこそ最後の走馬灯としてこれまでの情景が浮かんだのだろうか。

 

その上で、再び響く大人総士の『未来へ導け、一騎』という言葉。それは、総士の親代わりとしてその成長を導くのではなく、対峙する個人として彼を支え、その願いが未来へ辿り着くよう導いてくれ、という意味だったのだと。

 

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それら全てを一騎が悟った瞬間、喉元に突き付けられるニヒトのルガーランス。それは大人総士との真の別れであり、子総士がもう一度生まれた瞬間。そして「最強の軍神」真壁一騎を越える者が遂に現れた=一騎が、ようやくその戦いの運命から解放された瞬間。挿入歌がEDテーマなのは「17年に渡る一騎の戦いの物語がここで終わったから」なのかもしれません。 

ただし、役割を終えた一騎がそのまま一緒に戦おう、などとヒロイックな台詞を言うはずもなく「俺の命をお前にやる」などと言い出す始末。遂に一騎もいなくなる時が来てしまったか……と思いきや、そこで子総士は「あんたたちは、そうやって誰かを犠牲にすることしか知らないんだ!」と彼を拒絶。自分自身の力で、犠牲を出すことなく美羽や世界の運命を変えてみせると豪語する総士の姿は、確かに一騎、そしてかつての総士を越えているものでした。


でも、そんな一騎たちの諦観は我々視聴者も同じなんですよね。 

「『ファフナー』はそういう作品だから」と誰かが死ぬことを当たり前だと思って、覚悟という我慢で散っていく彼らを諦めて、心のどこかでその運命を受け入れていたと。竜宮島の面々は、平和という文化や人々の絆、ファフナーという戦う力以外にも「諦念」という負の遺産をも蓄積していた訳で、美羽のような新世代のパイロットであっても、その呪いは継承してしまっていた(美羽は「弓子やエメリーから言われた方法しか知らなかった」せいでそれ以外の方法を考えもしていなかった)。 

だからこそ、そんな呪いを越えられるのは島で生まれつつも島で育っておらず、人間でもありフェストゥムでもあり、どんな犠牲をも拒むことができる、そんな新たな存在=子総士だけだったんだなと。

 

Separation[pf]

Separation[pf]

 

 

◇12話:一騎の居場所 

美羽の祝福(これも語りたいトピックなのですが、如何せんまだまだ理解が追い付いていないので一旦お預け……!)によって戦いが終結、竜宮島に戻り「ただいま」を告げるアルヴィスの面々。舞を出迎える広登のポスター、保を待っていた小楯家の写真……といったそれぞれの「おかえり」も描かれつつ、真壁家では一騎と史彦のやり取りが描かれる。

 

戦いを終え久々に真壁家に集った史彦と一騎。どこか寂しそうに「また、どこかへ行くのか」と訊ねる史彦に「この島が、俺の居場所だ」と迷いなく答える一騎。これだけでもう号泣でした。


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TV1期最終回では同化現象の末期症状手前で帰還。『HEAVEN AND EARTH』では総士共々無事に戻ったものの、続く『EXODUS』終盤では人間を捨てることになり、更に『THE BEYOND』では戦いが終わる度に眠りに就くことになったりと、戦いの度にどんどん遠くへ行ってしまった一騎。自分に先がないことは一騎も自覚があったのか、10話でも「自分より強くなってみせる」という子総士に「役目を終えたら、俺の命をお前にやる」と言う場面がある。 

そんな一騎を一番側で見守っていたものの、アルヴィスの司令官として止めることができなかったのが史彦という人物で、だからこそ戦いが終わり、(おそらくアルタイルの影響で)回復した一騎には島で穏やかに暮らして欲しいと言いたかったのだろうけど、そこで史彦は彼に何も言えない。彼を軍神としての役割に縛り付けてしまっていたのもまた自分だという罪悪感から、一騎に「訊く」ことしかできなかったのだろうか。

 

確かにこの後一騎は島を離れることになるのだけれど、その前に、あくまで一騎は「この島が自分の居場所」だと伝える(ここの声色が少し昔の一騎っぽくて泣けてしまう……)。 

この島で生まれて良かったと、父さんの息子で良かったと、色々な気持ちがこのシーンに凝縮されているようで本当に嬉しいし、総士が一騎を戦いの定めから解放し、その一騎が今度は史彦を「不甲斐ない父親だった」という自責の念から解放するという、最後の最後で起こる美しい連鎖、これもまた『ファフナー』の最終章らしくてグッと来ます。

 

Separation

Separation

 

 

◇12話:甲洋とショコラ 

そんな「ただいま」の締め括りを担うのがショコラだと、一体誰が予想できただろうか……。

 

甲洋にとって「ただいま」を告げる場所が翔子とカノンのお墓というのは勿論、あの甲洋がこうして最後まで生き残り、羽佐間家の墓参りをできているという事実がどこまでも感無量で……。 

TV1期で人間からスレイブ型のフェストゥムとなり、『HEAVEN AND EARTH』でマークフィアーのコアとなり、『EXODUS』ではカノンの遺志を継ぐかのようにエレメントとして帰還し、『THE BEYOND』では遂に最初から最後まで戦い抜いた甲洋。『ファフナー』作中どころかあらゆるロボットアニメにおいても希に見るレベルの激動を越えての彼の生存は、とりわけ感慨深いものがあります。


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一方、そんな甲洋がいない間もずっと、文字通り最初から最後まで皆の戦いを見守ってきた、大切な「1期組」の一員が他ならぬショコラ。 

最終章では総士の誕生日を祝ったり、剣司に「お前もすっかりお爺ちゃんだな」と言われるなど目立っていたけれど、それが許される名犬なのがショコラ。だからこそ、まさかそれが別れへの布石だなんて思うはずもなく。

 

甲洋と共に夕焼けを眺める中、不意に大人しくなるショコラ。何かを感じた甲洋が振り向くと、そこには翔子、カノン、そして2人の間に座るショコラの姿。甲洋はその死を悲しみつつも、嬉しそうに微笑む……。 

そう、多分このシーンがファフナー』において、誰かが誰かの死を笑顔で祝福した初めてのシーンなんですよね。

 

ショコラの死はおそらく「天寿を全うした」もの。フェストゥムに殺されたり、人間に殺されたり、同化現象の末期症状を迎えたり……数えきれないほどの人々がいなくなったファフナーにおいて、ショコラのように「天寿を全うした」命は誰一人いなかった訳で。 

ショコラという最初期からいる大切な存在が、竜宮島という故郷で、甲洋に看取られながら、その天寿を全うして安らかに逝き、翔子・カノンと共に天へ旅立っていく。こんなに美しい「”命の物語としてのファフナー” の終わり」が観れるだなんて思わなかったし、最後の最後で描かれる死がこんなにも素敵で暖かいものだということには、『ファフナー』という作品の「命」に対する心からの敬意を感じました。 

魂を震わせる「死」を描くにあたって、ファフナーを越える作品は有り得ないなと改めて痛感し、羽佐間家の安らかな眠りを祈るばかりです。ありがとう、ショコラ……。

 

さよならの時くらい微笑んで

さよならの時くらい微笑んで

 


◇12話:灯籠流し 

ファフナー』と言えば灯籠流し。本編中で描かれたものとしては『EXODUS』17話以来になるんでしょうか(『THE BEYOND』2話でも似た催しが行われていましたね)。 

『EXODUS』と『THE BEYOND』の間に海神島でも近いことは行われていたのか、それとも、あくまで竜宮島で灯籠を流すために敢えて行っていなかったのか。そこは分かりませんが、視聴者の知る範囲としては、ここでようやく広登やカノン、暉たちといった「EXODUS後半で逝った仲間たちの灯籠が流された」んですよね……。これでようやく彼らの戦いも終わったのだと考えると、本当に感慨深いものがあります。

そして、その灯籠流しの中には「皆城総士」の名前も。その灯籠を作ったのが他ならぬ総士(子総士)で、流したのが一騎という事実は、アレスをニヒトが下した以上に「別れ」を痛切に感じさせられます。

 

アレスがニヒトに負けた時、一騎は宣言通り自分の命と力を子総士に渡そうとしてるんですよね。それは前述のように「自分を越える力を持つ者が現れた以上、自分の役割は終わる」と考えているからだろうけれど、もう一つ、安心して大人総士の元に向かいたいという気持ちもあったんじゃないかと。 

でも、総士の灯籠を流すとなれば話は違う。灯籠を流すことは、死者の魂をあるべき場所へと還すこと。それを見送って、自分が彼らの思いを背負って「生きていく」ことを誓う儀式でもある。一騎が「子総士に言われて」灯篭流しを承諾し、実際に行ったというのは、大人総士との別れを受け入れるというだけでなく、「心置きなく総士との再会を果たすために、命の使い道を探していた」一騎自身との別れとも思える訳で。 

それを強いる子総士の言葉を笑顔で受け入れた一騎。このやり取りがあったからこそ、彼は島を離れる決断を下せたのだろうと思うと、因果なものだと感じると同時に、こちらとしても本当に「皆城総士」との別れを実感するし、一人のキャラクターを1クール丸々使って弔ってくれた『THE BEYOND』という作品に、心からのお礼を言わずにはいられません。

 

暗夜航路

暗夜航路

 


◇12話:旅立つ一騎と真矢 

そうして「皆城総士」と別れを告げた一騎が選んだ道が「甲洋と共に島を出て、世界を見て回る」こと。これだけで泣いてしまったのは筆者だけではないはず。

 

思えば、一騎が初めて島を出たのはTV1期の中盤。「島の中の楽園しか知らなかった主人公が、遂に島の外の世界を知る」という重要な節目でこそあれ、その内実は「仲間の死や総士とのすれ違いで傷付いたところを狩谷由紀恵につけ込まれ、連れ出された」というもの。 

『EXODUS』においても一騎・総士がエメリーらの旅路に加わることは物語の大きなターニングポイントとなっていたが、そのきっかけは織姫に皆の危機を知らされたことだった。となると、一騎が本当に自分自身の意志で「島を出る」決断を下すのは恐らくこれが初めてなんですよね。

その上で、今回の彼の決断を見てみると、その動機は自分の居場所を探すことでも戦いに赴くことでもなく「世界を自分自身で見たいから」という純粋な想い。他ならぬ一騎がそれを願えること自体、『ファフナー』世界から戦いがなくなった何よりの証左であるし、ずっと戦いの渦中にあった一騎が、その宿命から解き放たれて前向きな理由で島を出ることができるようになったこと、もっと言うなら、その決断から彼の「生きていく意志」を感じられたことが、シリーズを見届けてきたファンとして嬉しくてたまらない……

 

が、それだけでは終わらないのがこの最終章。
あろうことか、一騎が真矢に「一緒に来るか」と手を差し伸べるのだ。 

あの一騎が。 

真矢に。 

「 一 緒 に 来 る か 」 と。

 

行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇl!!!!!!!遠見ぃぃぃぃぃぃぃぃいいッ!!!!!!!!!!!!

 

「私は、一騎くんと同じところには行けないから」

 

Whyyyyyyyyyyyyyyy!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!!?!!?!?!?!?

 

なんで…………どうして…………となってしまった自分は、まだまだ一騎と真矢についての理解が甘いのかもしれない。 

いや、実際よく分かってないのだ。
大概「よくわからん」ことの多いファフナーだけど、一騎と総士と真矢の関係は本当によく分からない。総士は真矢のことが好きなのだろうけど、一騎とはもはや恋人以上の関係に見えてしまうし、一騎は真矢のことを明らかに特別視しているけどそこから先が見えないし、真矢は一騎のことが好きなことこそ伝わるけど天才症候群の察しの良さのせいであらゆることを視聴者に先立って察しまくって「一騎くん……」といつも肝心なことを言わなかったりする。 

結果、この3人の関係は「よく分からんがめっっっちゃエモい……」というオタクにあるまじき貧弱なものになってしまう。語彙はそこにいますか……?

 

 

何故に..

何故に..

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とはいえ、分からないなりに伝わるものはあるのが『ファフナー』。
ずっと一騎を想いながら、彼を救えず見ていることしかできなかった真矢が、戦いを終えて尚、一騎を縛りたくないと「島に留まって」という言葉を飲み込んでしまう健気さには胸が詰まってしまうし、健気であり続けた彼女にかけられた「一緒に来るか」という誘いは、それだけで彼女への最大の報いだったのだろうと。

 

しかし、真矢はその誘いを断り「島で待っているから、たまには戻ってきて」と一騎に笑顔を向ける。自分はまだまだ真矢と一騎について理解が足りていないし、真矢の言う「一騎くんと同じところ」が何を指すのか、「アルタイルの祝福を得た一騎の寿命はどうなっているのか」などその辺りの情報も分からないため、彼女がどんな想いでそう言ったのかは分からない。 

けれど、ようやく真矢も一騎も心からの笑顔で気持ちを伝え合えたこと、そして何より、「真矢が島を出る一騎を送り出すことを笑顔で選ぶ」というシチュエーションそのものが、それだけで彼ら2人と『ファフナー』という作品にとってはこの上ない祝福であろうし、一騎の旅立ちが真に決まったその瞬間に「あのイントロ」が流れ出すことも相まって、どうしようもなく「ありがとう」の気持ちで一杯になってしまった。

 

 

Shangri-La -THE BEYOND- 

Shangri-La ~THE BEYOND~

Shangri-La ~THE BEYOND~

 

皆が竜宮島に戻る際に『Sepalation[pf]』が流れ出すのはまさしく「最後」感があったし、ファフナーの〆といえばこれだよね、という安心感があった。 

だからこそ、その上で『Shangri-La』は完全な不意打ち。 

いや、流れたらいいなと当日ファフナーシリーズの主題歌をヘビロテしてはいたけど、「仮にも17年前の初代OP主題歌が、ましてやリニューアルされて物語の幕引きに使われる」だなんて、そんなオタクの妄想みたいな『最高』のシチュエーションが現実になるだなんて思わないじゃないですか!!!!!!!

 

劇場ではもう「リメイクされた『Shangri-La』がシリーズのエンディングを飾る」というエモの暴力に何も考えられず泣くばかりだったけれど、『Sepalation』ではなく『Shangri-La』がエンディングとして使われたのは、あくまでこれが「別れではなく、新しい始まり」であることを示す意味合いもあったんだろうな、と。 

Shangri-La -THE BEYOND-』が流れ出すのは、前述の一騎と真矢のやり取りの〆のタイミング。おそらく、この一騎と真矢のやり取りはある程度意図的にそのニュアンスがぼかされて、彼らの想いや未来を我々視聴者に委ねてくれた、という側面もあるのだと思う。 

ただし、そこで『Sepalation』ではなく『Shangri-La』が使われたということが、スタッフからのメッセージ=「一騎と真矢の物語は、ここで終わりなのではなく、ここから始まる」という示唆なんじゃないかと思えてならない。
(同じシーンで、2人の間を光が幾度も交差していく演出があるが、これも「これからも2人は巡り合い続ける」ことを意味しているんだろうなと)

 

ある種離別の象徴だった主題歌、それも『Shangri-La』に、最後の最後で「巡り合いを謳う祝福の歌」という役割を与えてくれたことは、この歌そのもの、そして楽曲を通してファフナーシリーズを支え続けてきたangelaのお2人への恩返しのようにも思えてくる。考えすぎと言われたらそれまでかもしれないけど、そういう可能性が捨てきれないほどに、ファフナーシリーズ、特にこの最終章には圧倒的な魂と愛が満ちていたのである。

 

Shangri-La

Shangri-La

 


◇12話:一騎と総士 

そんな『Shangri-La -THE BEYOND-』をバックに、島から旅立つマークフィアー=甲洋、そしてマークアレス=一騎。剣司らが涙ながらに2人を見送る中、子総士は一騎に“何か”を語りかける。 

どこかかつての総士を思わせる大人びた表情で、彼は旅立つ一騎に何を告げたのか。 

その内容に思いを馳せる間もなく、島から巣立っていく一騎と甲洋。同時に流れ出す“総士の”モノローグ。 

「全ての命は、誕生した瞬間に生存を選んでいる=祝福されている」という、敵も味方もなく、全ての生命を讃えるその言葉は、果たして“どちらの”総士の言葉だったのか。余韻と共に、『蒼穹のファフナー』は竜宮島から去り行くような視点を最期に幕を下ろす。

 

これまでに書き連ねてきた数々の「これが見たかった」を尚上回る、あまりに美しいラストシーン。そこに『ファフナー』との別れの寂しさと、総士たちへの祝福の想いと、作品を創ってくれた方々への感謝が入り交じってしまって、涙しながら、作品と、そこに魂を注いでくれた方々への「ありがとう」を胸で反芻するばかりでした。

 


 ○  ○  ○


 

字数が10000を越えました。   

けれど、それでも全く語り足りないほどに全編が祝福の塊だった『THE BEYOND』。もう物語の中で一騎たちを見ることはないのかもしれないけれど、まだまだ『蒼穹のファフナー』の「本当の終わり」は遠そうです。 

であれば、今は作中で総士たちが見せてくれた命の輝きを何度も噛み締めつつ、いつか来る「これから」をゆっくり待ちたいな、と。

 

一ファンとして、この作品の終わりを見届けられたこと、その上で、ここにいられることが心から幸せです。

 

本当にありがとう『蒼穹のファフナー』。

彼らが、どうかこれからずっと幸せで在り続けますように。

【ご報告】『ウルトラマントリガー』15話の“最高の3分”に恋をしました。


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恋をしました。

 

 

寝ても覚めても、彼のことが頭から離れないのです。

 

いつ何時でも、瞼を閉じれば彼のことを鮮明に思い出せます。 

けれど、この胸の渇きは彼をこの目で見ることでしか癒せないのです。

 

私は、その美しく情熱的で、どこまでも胸を震わせる力強い在り方に惚れました。胸を鷲掴みにされました。

 

大好きな彼は、その名前を

 

「“ウルトラマントリガー NEW GENERATION TIGA” 第15話『オペレーションドラゴン』の 21:45~24:40」

 

と言いました。

 

 

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「生命を救う、銀河の光!」


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ウルトラマン――リブット!」


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(♪カッコよすぎるSE)


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「さぁ行こう、ケンゴくん!」

「はい!」


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『グリッター・ブレィド!』

 

ハイここから!!!!!!!!!


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『Higher Higher もっと高く!\パァン/(リブットが膝を叩く音)


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『Gonna TIGA 胸が高鳴る』


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『奏でる 鼓動が ○○を○○り合う(聞き取れない)


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『Higher Fighter ずっと強く!』


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『We are TIGA 時代を越えて(激エモ歌詞)


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『立ち向かう 戦いへと』


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『絆 信じて――』


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『Wow wow wow wow……』

 

あ~~~~~カッコいい!!たまりませんわ!!!!

挿入歌とアクションの華麗なフュージョン! 『ジード』17話でのVSキメラベロス、『Z』7話でのVSセレブロ(ベリアル融合獣)もそうでしたけど、坂本監督に挿入歌を扱わせたら右に出る者はいませんよ!!!!!!

 


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「今だ!」


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(このポーズめっちゃカッコよくないですか)


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『スカァイ・フォトン!』


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(2回鋭く突き出すのスカイ感あって好き)


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(オーブスラッガーランスくん元気してるかな)

 

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『後戻り できないなら』

『コバルト!』

『今手を胸に』


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『かーざ』
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『しー 』
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『てー』

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『さぁ!』

(ここの音ハメ好き!!!!!!!!!!大好き!!!!!!!!!!!!!!!!!!愛してる!!!!!!!!!!!!)


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『エタニティ・パニッシュ‼️』

(ここベイブレードすぎて好き。青い嵐ってもうドラグーンですよドラグーン。いけぇドラグーーーーーーン!!!!!!!!!!)



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『目指した先の希望 全て守ると』


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「食らえェ!」

『空に願い 放って今――\デデン!!/』


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『Higher Higher もっと高く!』

(ここパワーの力を使うのだと一見して分かるのが素晴らしいけど、それ以上にケンゴくん凛々しいし妙に可愛いしサビに入るタイミング完璧!!!!!)


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『Gonna TIGA 胸が高鳴る』

『パワー・フォトン!』


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来ますよ皆さん!!!!!

 

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「何ッ!?」

(地面から噴き出すディアボロのエネルギー波を……)

 

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『Higher Fighter ずっと強く!』

(逆に利用してハイジャンプ! からの)


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『We are TIGA 時代を越えて』

(突きィ!!!!!!!!ハイカッコいい!!!!!!!!!!2000億点!!!!!!!!!!!!!!)

 


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『立ち向かう 戦いへと』


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『絆 信じて――』

『クリムゾン!』


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『Wow wow wow wow……』

 

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『Wow wow wow wow……』


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『エタニティ・ボンバー!』


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(ゼラデスもボンバーもパニッシュも全部グリッターティガの技名なの好き)



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(ここから間奏パート)


スカイ/パワーの力を披露するこの一連は『Higher Fighter』の1番の尺にスマートに凝縮されていて、本来であれば冗長な「販促」になってしまう玩具のアクションを、軽快なテンポと熱い挿入歌によるアッパーでカバーしつつ、ケンゴとトリガーのアクションでしっかり「カッコいい」シーンに仕上げているというのが良い……良すぎる……!!!!

(変身者の玩具を動かす画がカッコいいのは、作品としては勿論、子どもに向けた作品としても素敵ですよね……!)

 


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(ナースデッセイさんどこ行ってたんスか!)

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「マキシマナースキャノン、スタンバイ!」

(キーを構えた瞬間に間奏がテンポアップするの本当に好き)


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『ブートアップ! ナースデッセイ!!』


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『切り拓く 未来へ Wow wow!』


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(フォンフォンフォォン……のSEで歌詞が聞き取れない)


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『過去の誓いを』

(ここFighting Evolution Rebirthの初代マンみたいで好き)

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『ここから今 貫いて』


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『Higher Fighter もっと強く!』

『ヴァイオレット!』


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『We are TIGA

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『時代を越えて』

『エタニティ・ゼラデス!』


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『立ち向かう 戦いへと 絆 信じて――』


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「マキシマナースキャノン、発射!!」


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「ギャラクシウム・ブラスターーーッ!!」


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『ハァッ!!』


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「馬鹿な……ァッ!」


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「ヌアァァーーーーッ!!」


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(ウルトラマン特有の余韻)

 

あぁぁぁぁぁ最っっっ高~~~~!!!!!!ありがとうございます坂本監督ゥ~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!

 

エモの塊みたいな歌詞とアイドルソング風味の爽やかさ、そして否が応でも盛り上がるシリアスな熱さを併せ持つ『Higher Fighter』の『トリガー』挿入歌としての完璧さは言わずもがな、シーンの緩急とピッタリハマるそのシンクロぶりたるや……!!

挿入歌オタクとしてはもう涎ダラっダラで、一週間前からことあるごとに見てます。寝る前も出勤前にも見てます。これを恋と言わずして何というのか。

 

まだこの一連のシーンを見ていない方、問題の『ウルトラマントリガー』15話は来週まで公式YouTubeチャンネルで無料配信中です!見てください!!!!!!!!(下記のツイートからどうぞ!)

15話はグリッタートリガー習得/ナースデッセイ起動に至る過程、リブット役土屋神葉氏の名演、イグニスの変身という今後に繋がる布石など魅力的なシーンが満載だったのだけれど、それ以上にHigher FighterがHigher Higherすぎました。最高でした。

 

 

それでは、最後に一言。

 

 

Higher Fighterの音源発売待ってます!!!!!!!!!!!!!!!

平成ライダーの“名挿入歌”勝手にベスト10【後編】


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~これまでのあらすじ~

はてなブログ先輩「ブロガー! これを使え!」
 ⇒《 はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選」》 

筆者「文字数が限界突破したので前編と後編に分けます」 

はてなブログ先輩「えぇ……」

  


○  ○  ○

 


という訳で始まった超個人的ランキング企画、平成ライダーの“名挿入歌”勝手にベスト10」ですが、ランキング10位~6位の時点で文字数が8000オーバーとなってしまったので、残る5位~1位に触れていくのが本記事となります!(タイトル詐欺感)

 

kogalent.hatenablog.com

↑ 10位~6位についてはこちらからどうぞ!


怒涛の名曲ラッシュに、是非当時の情景を思い出して頂ければ……!
さあ、(まだランキングに挙がっていない皆さんの)推しの挿入歌を数えろ!!

 

 

〇  〇  〇

 


5位:「仮面ライダーディケイド」より
『Ride the Wind』
作詞:藤林聖子 
作曲・編曲:鳴瀬シュウヘイ
 歌:門矢士 (井上正大) 

Ride the Wind

Ride the Wind

  • 門矢 士(CV.井上正大)
  • アニメ
  • ¥255
 

5位は『仮面ライダーディケイド』より、主人公=門矢士役、井上正大氏自身が歌う1stエンディングテーマ『Ride the Wind』

 

この曲の特徴は、これまでのライダーソングでは使われてこなかったラテン調のテイストが用いられていること。 

アニバーサリー作品の楽曲と言えば、奇をてらうことなくこれまでの王道を踏襲するというスタンスが基本とされる中、敢えて我が道を行くのは非常に『ディケイド』らしいし、この曲の個性が、各世界のライダーたちに負けないディケイドの魅力や『ディケイド』という作品の「らしさ」構築に一役も二役も買っていたと言えるだろう。

 

……と、もう1つ。この曲の印象深さと言えば(個人的に)避けて通れないのが『ディケイド』のSEについて。 

平成に限らず、仮面ライダーシリーズにおいて「SE」という話題は避けて通れないもので、シリーズを振り返っても印象的なものが多い。クウガが助走で大地を踏みしめる音、アギトのジャンプ音、ファイズの手を振る音……などなど。そんな「SE」が、『ディケイド』から一部その毛色を変えたような気がしてならない。  

例えば、士がカードを構える時の「シャキーン!」というキレのいい音。あるいは、ディケイドライバーを操作する時の「ガショーン!」という機械的な音。そういう「SEの主張」が、所々ではあるが『ディケイド』から強まっているように思えるのであるブレイドの斬撃音変更などもこの影響……?)

 

それが『Ride the Wind』とどう関わっているのかというと、それこそ初披露となる10話『ファイズ学園の怪盗』などでも見られた「よくある流れ」として下記のようなものがある。

 

\ブォォーン(ライドブッカーのSE)/
士「変身!」\シャキーン!/
Ride the Wind『テレテレテレーテーレテレテレレッ(イントロ)』
ディケイドライバー『カメンライドォ \ガショーン!/ディケーイ!!』
Ride the Wind『テレテレテレーテ~~レ~~~ッ!!!!』

 

この\ブォォーン/「変身!」\シャキーン!/

 ⇒『テレテレテレーテーレテレテレレッ(イントロ)』

 ⇒変身 ⇒『テレテレテレーテ~~レ~~~ッ!!!!』

……の流れがすごーーーーーーーーーーく気持ちいいんですよ!!!!!

 

この現象を筆者は勝手に『Ride the Windくん音ハメ現象』と呼んでいるのだけれど、他にも下記のようなものがある。  

Ride the Windくん『ライッザーウィーンッッ! ココノツーノー』
\ブォォーン/⇒\シャキーン!/
Ride the Windくん『ソコントコー!』
ディケイドライバー『ファイナルアタックライドォ \ガショーン!/  アアアアギトォゥ!!』
Ride the Windくん『メザスベキゴールノバーショガー』
士「やぁぁーーーッ!」
Ride the Windくん『ジャスキーポンウォーキーーーーン!!』
(爆発音)

 

あ~~~~~~最高~~~~~~!!!!!!(結騎さんありがとうございます!!!!!!)

 

平成ライダーの挿入歌は数あれど、ここまでの気持ちいい音ハメ感を出してくれるのは『Ride the Wind』ぐらいじゃなかろうか。  

痛快なメロディで場を盛り上げるだけでなく、戦闘シーンをパッケージして一段階高く盛り上がる「見所」としてお出しするのも挿入歌のお仕事。Ride the windがいかにその面で達人級なのか、この感覚をもっとスマートに伝えていくために語彙を磨いていきたいところ。

 


○  ○  ○

 


4位:「仮面ライダー龍騎」より
『Revolution』
作詞:海老根祐子
作曲・編曲: 酒井ミキオ
歌:きただにひろし 

Revolution

Revolution

 

4位は『仮面ライダー龍騎』から、3rdエンディングテーマの『Revolution』

 

挿入歌の醍醐味と言えば、その一つとして挙げられるのが新フォーム登場と併せての熱い初お披露目(トリニティフォーム、ライナーフォーム、コズミックステイツ等々)。そのカタルシスにおいて仮面ライダー龍騎』34話における龍騎サバイブの初変身を越えるものはないんじゃないか、と思う。

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何より叶えたい願いのために、己の迷いを振り切るために戦いを迫る仮面ライダーナイト=秋山蓮(松田悟志)。自ら退路を断たんとする友を止めるべく、決意と共に『サバイブ』のカードを引き抜く仮面ライダー龍騎=城戸真司(須賀貴匡)。その心を映すかのような業火が一帯を包み込むと、満を持して流れ始める『Revolution』。その盛り上がりが最高潮に達した瞬間、龍騎は遂に龍騎サバイブへと転身を遂げる――! 

「俺は絶対に死ねない。1つでも命を奪ったら、お前はもう……後戻りできなくなる!」

「歌の終わりと共に次回へ続く」という粋な引きも含めて、挿入歌の魅力がこれでもかと極まった文句無しの名場面だ、

 

『前編』でも触れた内容だが、特に平成仮面ライダーシリーズ初期の作品群において、挿入歌は仮面ライダーたちの「ヒーロー感」を補強・担保する役割を担ってもいた。それが特に色濃く当てはまるのが、シリーズで初めてライダーバトルを作品の中心に据えたこの『仮面ライダー龍騎』である。 

『Revolution』、そしてその前にメインで用いられていた1stエンディングテーマ『果てなき希望』の双方を手がけたのは、アニメ『ONE PIECE』の主題歌『ウィーアー!』などで知られるきただにひろし氏。氏の熱く溌溂とした歌声がなければ、人間同士の殺し合いを描いた『龍騎』はより陰鬱な作品になっていただろうし、これらの挿入歌がライダーたちとミラーモンスターたちとの戦いを強く印象付けたことは龍騎』という番組の「子どもたちに向けた特撮ヒーロー番組」という側面を力強く支えていたように思う。

 

『Revolution』も当然その役割は継承していたが、同楽曲が使われた作中後半は前半よりもライダーバトルが中心となっているためか、『Revolution』はモンスター戦よりもライダーバトルの挿入歌という印象が強い。しかし、『果てなき希望』に比べよりメロディアスに進化した曲調が、彼らの悲壮かつ熾烈な戦いにこれ以上なくマッチしてもいるのだ。  

そんなメロディに乗せて歌われる歌詞も、

たった一度与えられた 命はチャンスだから

僕自身を 勝ち得るため 魂 (ココロ) の旅を 進んで行く

……と、『龍騎』という物語を的確に体現するドラマチックなフレーズばかり。


ライダーたちのヒロイックさを支えながら、よりそのドラマ性とシンクロする進化を遂げた『Revolution』。聴くだけで脳が沸騰し、涙が溢れそうになる圧倒的な熱量は「平成仮面ライダーシリーズ挿入歌」の最初の到達点とでも呼べるもので、あらゆる面において、同曲は平成ライダー、特に平成仮面ライダー第1期を象徴する名曲と言えるだろう。

 


○  ○  ○

 


3位:「仮面ライダーW」より
『Extreme Dream』
作詞: 藤林聖子
作曲: AYANO 
編曲・歌: Labor Day  

Extreme Dream

Extreme Dream

  • Labor Day
  • アニメ
  • ¥255
 

3位は『仮面ライダーW』作中で僅か2回のみ使用されたレアな挿入歌にして、文字通りサイクロンジョーカーエクストリームのテーマソングである『Extreme Dream』

 

初披露はテラー・ドーパントとの決着回である46話『Kが求めたもの/最後の晩餐』。そして最後の出番は、言わずと知れた伝説のエピソードこと48話『残されたU/永遠の相棒』。本当にここぞという名勝負でしか使われない、まさに『W』を背負う名曲中の名曲だ。 

使われたエピソードがこれら2つのため、同曲は作中において「サイクロンジョーカーエクストリームのテーマソング」というよりも、むしろ2人の主人公、左翔太郎(桐山漣)フィリップ(菅田将暉)のテーマソングとして使われている。しかし、そもそもエクストリームという姿は2人の絆の結晶なのでそれも当然のこと。歌詞に鑑みても、この歌は事実上「翔太郎とフィリップ=仮面ライダーWそのもののテーマソング」であり、そのため『Extreme Dream』はあくまで一形態のテーマソングでありながら、上記のような大舞台にこれでもかと映える曲に仕上がっている。

 

同曲を手掛けるのは、主に前半で使われたサイクロンジョーカーのテーマソング『Cyclone Effect』を手がけたLabor Day。軽快かつキレの良い歌声は風の戦士ことサイクロンジョーカーにピッタリで、その進化形態のテーマソングを同氏が担当されるのはまさに納得の人選だ。 

一方その内容はというと、同じ『仮面ライダーW』を歌っているのは勿論だが、『Cyclone Effect』が「風都の仮面ライダー」としての在り方にフォーカスしているのに対し、前述のように『Extreme Dream』は翔太郎とフィリップの関係性を歌い上げているのが印象的。 

そんな楽曲だからこそ、この『Extreme Dream』は48話『残されたU/永遠の相棒』でのユートピアドーパントとの最終決戦において、そのカタルシスをこれでもかと引き上げる最高の立役者となっていた。

「いくよ翔太郎、最後の……」
「ああ……最後のォ!」
『サイクロン!』『ジョーカー!』
「「――変身ッ!!」」

瞬間、流れ出す『Extreme Dream』 。そしてサイクロンジョーカーエクストリームへの直接変身――! 

まるでこの歌に合わせて作られたかのような絶妙なテンポで展開していくユートピアドーパントとの決戦は、「フィリップの最後の想いが籠っているW」の圧倒的な強さもあって、その裏にある切なさを吹き飛ばすほどに熱く盛り上がる。 

かくして放たれる最後の一撃は対ユートピア用の新必殺技。翔太郎とフィリップ、2人の叫ぶ「「ダブルプリズムエクストリーム!」」が、サビのフレーズ『That's so Extreme! 』と重なり合い、曲の終わりと共にメモリブレイク……。

 

この一連は物語としても号泣必至の名シーンであるが、それを押し上げる挿入歌の使い方もまた一級品。曲選から音合わせのテンポなど何もかも究極のバランスで魅せる、平成ライダーが築いてきた「挿入歌」文化の真骨頂と言えるだろう。  

余談だが、この『Extreme Dream』はファン人気の非常に高い楽曲でありながら「仮面ライダーW SPECIAL CD-BOX」のみの収録となったため、ファン投票で収録曲を決めるCDアルバム『KAMEN RIDER BEST 2000-2011』の発売に際し、なんと得票数2位を記録。見事再収録されたという華々しい逸話を持っている。That's so Extreme...!

 


〇  〇  〇

 


2位:「仮面ライダー鎧武」より
『乱舞 Escalation』
作詞:藤林聖子
作曲・編曲:鳴瀬シュウヘイ
歌:葛葉紘汰(佐野岳) & 駆紋戒斗 (小林豊)   

乱舞Escalation

乱舞Escalation

  • 葛葉紘汰・駆紋戒斗(C.V. 佐野 岳、小林 豊)
  • J-Pop
  • ¥255
 

この曲を語らずして「平成ライダーの挿入歌」を語れる訳がない。2位は『仮面ライダー鎧武』から、極アームズのテーマソング(仮)こと『乱舞 Escalation』

 

同曲を歌い上げるのは、葛葉紘汰役の佐野岳氏、そしてその宿命のライバル、駆紋戒斗役の小林豊氏。 

『オーズ』の『Time judged all』以来となる俳優タッグの挿入歌で、2人が心を重ねるのではなく「真正面からぶつかり合う」かのような曲調・歌詞は歴代の仮面ライダーシリーズ挿入歌でも屈指のダイナミックさを作り上げており、まさしく「戦国乱世」を謳うかのような心滾る挿入歌となっている。
(否が応でも場を盛り上げる熱さからか、あまり挿入歌が用いられることのない『鎧武』の中では使用回数の多い挿入歌だった)

 

その初披露は36話『兄弟の決着! 斬月VS斬月・真!』の鎧武VSレデュエで、以来数回に渡り、主に極アームズの処刑曲として採用。『鎧武』は『E-X-A (Exciting × Attitude)』『時の華』『Raise Up Your Flag』と、鎧武の進化に合わせて各テーマソングが挿入歌として用いられてきたこともあり、極アームズの処刑曲としてこの歌が使われることには何の違和感もなかった。

 

「なんで戒斗も歌ってるんだ……?」という一点を除けば。

 

そう、極アームズの挿入歌という仮面を付けて現れたこの『乱舞 Escalation』の真の魅力は、紘汰と戒斗、2人の決戦が幕を開ける45話『運命の二人 最終バトル!』における鎧武VSバロンの戦い、その一戦のために用意された(であろう)点にある。  

「お前を倒して証明してみせる……! ただの力だけじゃない、本当の強さを!」
「それでいい……貴様こそ、俺の運命を決めるに相応しい!」
『バナ-ナ!』
『♪ 俺たちが 最強の力 手に入れたとして』
「うぉぉぉぉぁぁっ!!」
『オレンジ!』
『♪ その後に この目には どんな世界映るのか――』

 

ライダーの挿入歌は数あれど、『たった1つの戦いのみを想定して作られた』それも『戦う相手同士』を同時に歌い上げた挿入歌など他にあるだろうか。  

事実、この楽曲はその歌詞からして「紘汰と戒斗の魂のぶつかり合い」以外に形容する言葉が見つからない凄絶なものになっている。

 

争いはまた 争いの種を残し
時が経つまま 悲しみの実を育てる 

逃げたいのなら 下りればいいこのバトルを
理想並べて 叶うほど甘くない 

誰もが 自分が 求める 未来を目指せ 

俺たちが 最強の力 手に入れたとして
その後に この目には どんな世界 映るのだろう 

状況打開してくほどに

支配するほどに……

極 Escalation

 

『ドライブ』の挿入歌『Spinning Wheel』では主役3人がレースの様に競い合っていたが、この『乱舞 Escalation』は全身全霊によるまさに一騎打ち。 

お互いの生き様を自身に問いかけ、覚悟を決めて、心の刃をぶつけ合う。そんな歌がこれ以上ない最高潮の中で用いられた結果、件の45話における鎧武VSバロンでは、同曲が「ほぼフル尺で使われる」というとんでもないシチュエーションが爆誕することとなった。


まるで『鎧武』という作品が自分たち2人の物語であったと豪語するように、力を得てしまった者の宿命を体現するかのように、次々とライドメカや己の姿を変えて切り結んでいく鎧武とバロン。2人の戦いは『乱舞 Escalation』をBGMにしたまま次回へ持ち越されるが、その引きを含めてまさしく唯一無二の大舞台、『乱舞 Escalation』どころか挿入歌という概念にとっても2つとない、奇跡の花道/ステージだったと言えるだろう。

 


〇  〇  〇

 


1位:「仮面ライダーフォーゼ」より
『Giant Step』
作詞:藤林聖子 
作曲・編曲:鳴瀬シュウヘイ 
歌:Astronauts(May'n & 椎名慶治)   

Giant Step

Giant Step

  • Astronauts
  • J-Pop
  • ¥255
 

1位は『仮面ライダーフォーゼ』から『Giant Step』

 

同曲は、3位の『Extreme Dream』や2位の『乱舞 Escalation』のような「ここぞという特定の場面において使われる真打」のような挿入歌ではなく、所謂「1stエンディングテーマ」に該当するもの。 

前二者ほどの派手さはないものの、1位に相応しい魅力を備えたこの楽曲について、順を追って語っていきたい。

 

『Giant Step』は、6話『電・撃・一・途』において、新登場したエレキステイツと共に初披露となり、その後、実質的なフォーゼ(ベース・エレキ・ファイヤーステイツ)のテーマソングとして25話『卒・業・後・髪』まで使われ続けることとなった『フォーゼ』を代表する楽曲の一つ。 

長期に渡って作品を盛り上げたことから印象的なシーンも多いが、中でも白眉と言えるのが、10話『月・下・激・突』におけるアルター・ゾディアーツとの決戦シーン。  

「野座間の全てを受け入れようとする如月の心が、ファイヤースイッチの眠れる力を呼び覚ましたのか……!」

「全てをありのまま受け入れる」というフォーゼ=如月弦太朗(福士蒼汰)の想いに救われた野座間友子(志保)が、今度は弦太朗に「炎を吸収して力に変える」というファイヤースイッチの能力を伝えることで彼を救う=「弦太朗の紡いだ友情が巡り巡ってフォーゼ自身の力となる」という逆転劇は、まさしく『フォーゼ』らしさ溢れるシチュエーション。

そんな名勝負のカタルシスを、アルター・ゾディアーツの炎を浴びながら進み続けるフォーゼ ファイヤーステイツの美しさ、そしてメロディアスな『Giant Step』のサビがこれでもかと引き立てる。「覚醒」の美しさを頭ではなく心で感じさせてくれる、作中でも屈指の名シーンと言えるだろう。

 

そんな名シーンをいくつも生み出してきた『Giant Step』を手がけるのは、椎名慶治氏とMay'n氏のユニット「Astronauts」。実力派アーティストの2人が『フォーゼ』限定でタッグを組んだスペシャルユニットだ。 

椎名慶治氏の力強い歌声は、弦太朗とその相棒、歌星賢吾(高橋 龍輝)の関係性に代表される「絆/友情」を、アニメ『マクロスF』メインヒロインの一人、シェリル・ノームのボーカル担当として高い人気を博したMay'n氏のパートは「青春」の持つ爽やかさ/切なさをそれぞれ体現しているようで、ライダー作品のために結成されたスペシャルユニットとしてはシリーズ屈指のシンクロニシティを誇っている。

 

一方、そんなAstronautsを擁する作品『仮面ライダーフォーゼ』はというと、言うまでもなく仮面ライダーシリーズ指折りの異端児。 

主人公の弦太朗は短ランリーゼントの高校生で、その舞台は彼らが通う天ノ川学園高等学校。ある種の箱庭モノとして繰り広げられる、弦太朗たち仮面ライダー部の友情・青春とゾディアーツの暗躍が火花を散らす物語……。こうして改めて設定を並べると、『フォーゼ』が大好きな今の自分でも「なんだこの作品は……」と困惑してしまったりする。

 

事実、その中身を見てみれば見てみるほど顔を出すのはイレギュラーな要素ばかり。 

例えば、メインライダーである仮面ライダーフォーゼは宇宙服がデザインモチーフ。それだけならともかく、ベースステイツのドがつくほど直球なデザインは、武器である各種モジュール共々非常にポップで、見方によっては「おもちゃっぽい」デザインと言わざるを得ない。  

続くエレキステイツも全身金ピカのスーツでモチーフが雷神と、ベースステイツとはまた違った方向性で奇抜なデザインになっていた。

 

 

更に、当然ながらその物語もシリーズ中に類を見ないもの。 

『W』などでお馴染みのお悩み相談方式がベースではあるものの、舞台が舞台なので、描かれるのは天ノ川学園高校、通称天高に通う高校生たちと弦太朗たちによる青春模様。そのため、全体的に描写・演出は「明るく楽しく痛快に」が根底にあるようで、シリアスな場面こそあれ、概ねその雰囲気は(特に当時からすると)およそ『仮面ライダー』らしいものとは思えない奇抜なものに仕上がっていた。 

これらのうち「物語」については、仮面ライダーメテオ=朔田流星(吉沢亮)の参戦などをきっかけに徐々にシリアスさを増していき、骨子として貫かれ続けた『フォーゼ』らしさとの化学反応によって唯一無二の熱く切ないストーリーが生まれていく……のだけれど、当時はそのようなことを知るはずもなく。結果、『フォーゼ』開始から間もない頃は、その斬新な作風や秀逸な脚本に唸りながらも、同作を「新しい仮面ライダー」として受け入れられない自分がいたのをよく覚えている。

 

ところが、そんな自分の『フォーゼ』観は『Giant Step』という挿入歌の登場でガラリと変わることになった。  

『Giant Step』初披露回である6話『電・撃・一・途』は、仮面ライダー部の一人ことJK(土屋シオン)の仲間入りを描いたエピソード。したたかで打算的、しかも友情に対して懐疑的という彼と、ステイツチェンジの力を秘めた暴れ馬=エレキスイッチを、弦太朗が「癖があるヤツは、捻じくれてひん曲がった部分も含めて受け入れる」ことで新たな力、エレキステイツを発現させるという『フォーゼ』の方向性を示した一本で、エレキステイツの初登場と共に華々しいデビューを飾ったのが他でもない『Giant Step』。

 

そんな『Giant Step』の最たる特徴は、爽やかで弾むような曲調の前半と、泣きメロ風味でヒロイックなサビというその切れ味鋭いギャップだろう。 

明るくフレッシュな青春物語の中に「仮面ライダー」としてのシリアスなドラマ/バトルが盛り込まれた『フォーゼ』。そんな作中の挿入歌が例えば『龍騎』の『果てなき希望』だったら、流れるや否や唐突に画面の温度が変わりすぎて風邪を引いてしまうだろうし「合わない」という悪い意味でのギャップは、むしろ視聴者の没入感を吹き飛ばしてしまいかねない。 

ところが『Giant Step』は前述のような(他のライダーには合わないような)曲調・テンポ感のおかげで、『フォーゼ』の空気感を崩さないまま自然に「仮面ライダー」としてのバトルに橋渡しするという役割を果たしているのだ。

 

更に、そのように自然な形で挿入歌が使われてしまうと弱いのがライダーファンの性。 

『Giant Step』はライダーシリーズの挿入歌では比較的珍しいタイプの曲ではあるが、サビの熱い盛り上がりは間違いなく「平成ライダーのエンディングテーマ」の系譜を継ぐもの。そんなカッコいい挿入歌をバックに戦うフォーゼは、いかにそのデザインが奇抜だろうとポップだろうとバッチリ「仮面ライダー」に見えてしまうのである。

これら2つの効果はまさしく『フォーゼ』に感じていた「欠けていたピース」を埋めるものであり、もしこの曲がそこまで狙い澄ました上でプロデュースされたものだとすれば、『Giant Step』は「作品の一部」として他の追随を許さない圧倒的な完成度を誇っていると言えるのではないだろうか。

 

事実、それまで『フォーゼ』にどこか乗り切れずにいた自分も、この曲をきっかけに一気に作品にのめりこんでしまった。 

『Giant Step』はあくまでベースステイツ、エレキステイツ、ファイヤーステイツの戦闘曲として使われていたため、強化形態であるマグネットステイツ、コズミックステイツや仮面ライダーメテオの参戦に伴いその出番が無くなってしまう。しかし、その頃にはすっかり『フォーゼ』のデザインに慣れるどころかその味が癖になっていたし、毎週繰り広げられる熱く切ないドラマに釘付けになってしまっていた。言い換えれば「『Giant Step』が流れなくなる頃には、既にその効果が必要ないところまでフォーゼ沼に漬かり切っていた」のだ。 

そういった意味で、自分が『フォーゼ』を大好きになれたのはまさしく『Giant Step』のおかげ。数多の『フォーゼ』ファンの中には、似たような経験をされている方も少なからずいるのではないだろうか。 

Giant Step

Giant Step

  • Astronauts
  • J-Pop
  • ¥255
 

また、同曲はその「歌詞」もまた大きな魅力の一つ。 

通常、仮面ライダーの挿入歌、とりわけライダーの戦闘に合わせて用いられる「エンディングテーマ」に属するものは、主に各ライダーのキャラクターソング(のようなもの)となっており、そのヒロイックな戦い/物語を歌い上げていることがほとんどだ。
ところが、ここで『Giant Step』の歌詞を見てみると……。

 

どうして震えてる 新しく変われる
スタートを前にして

見えない明日という タイトロープを歩く
イメージで躊躇してる?

落ちそうだから 下を向いたら
宇宙(そら)は見えない
無限ポシビリテ
君のことを 呼んでいるんだ!

一歩 GIANT STEP
君にとってLittle だとしても
世界には (For the new world)
未来には (For the new days)
影響は 大き過ぎるほど!
きっと GIANT STEP
1センチだって構わない
ほらなんか (今 風が) 変わったの (気付いてた?)
だから君 そのまま One more step

 

そう、この歌は厳密には「フォーゼという仮面ライダーのテーマソング」ではなく、明らかに「大きな可能性を秘めた若者たちへの応援歌」になっている。 

しかし、だからこそこの歌は「若者たちの一途な想いが世界を変えていく」様を描く『フォーゼ』とこの上ないベストマッチであるし、他ならぬ仮面ライダーフォーゼ=如月弦太朗もそんな若者の一人のため、『Giant Step』は同作の挿入歌として完璧に成り立っているのである。

 

加えて、その歌詞には若者たちの無限の可能性/未来を宇宙になぞらえた表現も多く、タイトルそのものも、人類で初めて月面に降り立った宇宙飛行士ニール・A・アームストロングの名言「人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては偉大な一歩だ」から取られたもの。 

「若者への応援歌にオーバーラップする宇宙のエッセンス」という内容はまさしく『フォーゼ』そのもの。仮面ライダーの挿入歌らしさ」を捨てて「フォーゼの挿入歌」として特化したその在り方は、「仮面ライダーらしさをかなぐり捨てて、東日本大震災後の世界に送り出すヒーロー像として相応しいものを追求した」という同作には殊更に相応しいと言えるかもしれない。  


確かに『Giant Step』はこれまで挙げてきた『乱舞 Escalation』や『Extreme Dream』などに比べると、印象深さや爆発力では大きく劣るだろう。「仮面ライダーの挿入歌らしさ」という点でも同曲は異端児と言えるかもしれない。 

しかしこれまで述べてきたように、『Giant Step』はアーティスト・曲・歌詞、その全てが『フォーゼ』と噛み合った、裏を返せば他のライダー作品では挿入歌として成立しないほどには『フォーゼ』と切っても切り離せない楽曲だ。 

更には、この歌そのものが『フォーゼ』を「仮面ライダーシリーズ」足らしめるために無くてはならない必須パーツの一部として機能・貢献しているなど、その存在感と役割の大きさはもはや「作品内の楽曲の一つ」に留まるものではなく、『フォーゼ』を構成する一つの「核」とさえ言えるものだろう。

 

挿入歌としての圧倒的なポテンシャルとシンクロニシティ。個人的な好みは勿論入っているけれど、それを押してでも1位に相応しい突出した魅力があると感じている『Giant Step』。 

折しも今年はフォーゼ10周年、つまりは『Giant Step』の10周年! 聴いたことのある方もない方も、この記事をきっかけに改めてこの楽曲に触れて頂けたなら、こんなに嬉しいことはありません……!

 


○  ○  ○

 


以上、5位から1位までのランキングでした! 
10位~6位も含めてまとめると下記のようになります。 

10位 『Spinning Wheel』仮面ライダードライブ)
9位 『Supernova』仮面ライダーキバ
8位 『Just The Beginning』仮面ライダーウィザード)
7位 『BELIEVE YOURSELF』仮面ライダーアギト
6位 『The people with no name』仮面ライダー555

5位 『Ride the Wind』(仮面ライダーディケイド)
4位 『Revolution』仮面ライダー龍騎
3位 『Extreme Dream』仮面ライダーW
2位 『乱舞 Escalation』仮面ライダー鎧武)
1位 『Giant Step』仮面ライダーフォーゼ) 

推しの挿入歌が入っていた方、入っていなかった方……どちらもいらっしゃるかとは思いますが、しかし、これはあくまで「筆者の主観による」ランキング。 

人によってランキングそのものが変わるのは勿論、同じ挿入歌についても人によって語り口は千差万別。何が言いたいのかというと、是非これを読んでいる皆様のランキングや推し曲語りも聞かせてください……!! 

主題歌や劇中未使用のキャラクターソング、昭和ライダーに令和ライダーといった「今回触れられなかったコンテンツ」は勿論、今回ランクインしていたものについても、皆様の「自分はここが好き!」を聞くことができれば、挿入歌オタクとしてはそれだけでもこの記事を作った甲斐があるというものです!
(そしてそのような流れができたなら、放送まで間もなくとなった件の特番『仮面ライダー大投票』をより一層楽しめるのでは、などと仄かに期待していたり……)

 

それでは、またも長文にお付き合い頂きありがとうございました。また別の記事、あるいは皆様のランキング記事でお会いしましょう!   

仮面ライダー大投票』でどうか『Giant Step』がランクインしますように……!! 

平成ライダーの“名挿入歌”勝手にベスト10【前編】


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お題に沿ってブログを書く、という文化がある。 

「お題」といっても決して大それたものではなくて、例えば「好きなお茶」のような日常の些細な1コマを切り取ったお題でも、書く人が書けばこんなにも趣深い記事が出来上がったり……。   

www.bokuboku12.net  

「お……俺にはこんなセンスねぇよ兄貴!!(一人っ子)」  

とは思いつつも、「お題」をきっかけに何か書きたいな、書けないかな……などとぼんやり考えていたそんな折、はてなブログ公式様からこんな(オタクが好きそうな)お題が発表された。

 

【参加賞あり】はてなブログ10周年お題キャンペーン開催! 「はてなブロガーに10の質問」「好きな◯◯10選」など4つのお題で募集します - 週刊はてなブログ (hatenablog.com)

  

なんて書きやすそうなお題……ッ!!!!! 

これを逃したらおそらくどんなお題でも記事は書けない、書くなら今しかない!! という訳で。

 

今回の記事ではこちらのお題

【 はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選」 】

をお借りして、とある企画をやってみたいと思います。それは……

 

平成ライダーの“名挿入歌”勝手にベスト10』!!

 

歌、特に「挿入歌」と共にあったと言っても過言ではない平成仮面ライダーシリーズ。しかし、主題歌に比べると取り上げられることが少ないのがその定め……。 

ところが、11月に放送を控えるNHKの特番『仮面ライダー大投票』ではなんと「好きな歌」枠で挿入歌への投票ができるとあり、平成ライダー挿入歌界隈は、今まさに盛り上がり絶頂の真っ只中!!(筆者調べ)

 

そこで、今回はそんな世間の熱(筆者調べ)に油を注ぐべく仮面ライダーアギト』から『仮面ライダージオウ』までの平成仮面ライダーTVシリーズ19作品中で用いられた挿入歌から、超個人的な主観による「名挿入歌ベスト10」をランキング形式で発表、音楽知識皆無のオタク目線で好き放題語ってみたいと思います!

 

今回の【前編】で発表するのは10位~5位! ではでは……聞いて驚けェ!!!!(ニチアサ違い)

 

 

〇  〇  〇

 


10位:「仮面ライダードライブ」より
『Spinning Wheel』 

作詞:藤林聖子 
作曲・編曲:鳴瀬シュウヘイ
歌:泊進ノ介 (竹内涼真) & 詩島剛 (稲葉友) & チェイス (上遠野太洸

Spinning Wheel

Spinning Wheel

 

 トップバッターを飾るのは『仮面ライダードライブ』から、36話「銃弾はどこに正義を導くのか」にて初披露となった挿入歌『Spinning Wheel』! 

 作中何度もすれ違ってきたドライブ=進ノ介、マッハ=剛、チェイサー=チェイスの初の3人共闘に併せてのお披露目ということもあり、非常に印象深い挿入歌だ。

 

この『Spinning Wheel』の白眉と言える点は、何よりも俳優本人たちによるスリーボーカルという大胆な試み。仮面ライダーの挿入歌においてツインボーカルの曲は珍しくないが、スリーボーカルとなるとおそらく『仮面ライダーセイバー』における、仮面ライダークロスセイバーのテーマソング『Rewrite the story』しか他に例がないほど珍しいもので、この曲に懸けるスタッフ・キャストの思いが窺える。 

その甲斐あってか、この歌はタイヤを運命の歯車になぞらえた『Spinning Wheel』というタイトルに恥じないドラマチックな仕上がりになっている。「トップギアで」「揺れるアイデンティティ隠し」「この世界 たった1人 無条件に 愛する人 守りたい それだけ」など、3人がそれぞれのキャラクター性/物語に沿ったキーワードを歌い上げているのは勿論、3人のボーカルがぶつかり合うのではなく、それぞれが前に出ては追い抜かされ、すれ違いながらもより加速していくという、さながらレースのデッドヒートを思わせる曲調・構成はその最たるものだろう。

『ドライブ』における3ライダーと言えば、特徴として真っ先に挙げられるのが平成1期の作品群を思わせるようなすれ違いの多さ。ぶつかり合うことこそあったがそこには常に迷いがあり、お互いがお互いに割り切れないまま、ヒロイン=詩島霧子内田理央を軸に回り続ける三者三様の群像劇こそが同作の大きな魅力になっていた。 

前述した『Spinning Wheel』の曲調・構成はそんな本編のドラマがそのまま具現化したかのようなもので、幾重にもうねり急激に盛り上がっていく『ドライブ』終盤に相応しい重厚な一曲と言えるだろう。

 

ただ惜しむらくは、その肝心の初披露である36話において、進ノ介、剛、チェイスの3人がまだ和解しきっていなかったこと。 

CDのマーケティングのような事情があったのかもしれないが、結果的に「3人の心が一つになっていないのにスリーボーカルの曲が流れる」という聊かチグハグなシーンが爆誕。3人が競い合うような曲調を考えれば合っていない訳ではないものの。どうにも視聴者のテンションに比して上滑りしている感があったのは否めず、何とも惜しまれるデビューとなっていた。 

(それだけに、皆の心が通じ合った45話『ロイミュードの最後の夢とはなにか』での使用シーンは胸躍るものがありましたね……!)

 

 

〇  〇  〇

 


9位:「仮面ライダーキバ」より
『Supernova』 

作詞:藤林聖子
作曲: NAOKI MAEDA 
編曲: 鳴瀬シュウヘイ 
歌:TETRA-FANG 

Supernova [Tribute to Empire form]

Supernova [Tribute to Empire form]

 

9位は『仮面ライダーキバ』から、24話『皇帝・ゴールデンフィーバー』でのエンペラーフォーム初登場に併せて解禁された挿入歌『Supernova』! 

エンペラーフォームを体現するかのように美しく、かつ荒々しい盛り上がりが光る挿入歌で、24話という中盤での登場ながら最終回に至るまで頻繁に使用されたため、「最強フォームのテーマソング」といえば同曲を思い浮かべる方も多いのではないだろうか。

 

そんな『Supernova』を歌い上げるのは、仮面ライダーキバ=紅渡を演じる瀬戸康史氏がボーカルを務めるTETRA-FANG。 

TETRA-FANGは前作『電王』での楽曲展開の成功を受けた形で結成された『キバ』のためのロックバンドで、同曲以前にもキバフォームのテーマソング『Destiny's Play』をはじめとする多くの楽曲を担当し『キバ』の世界を鮮やかに彩ってきた。そして、そんなTETRA-FANGの集大成とも言えるのがこの『Supernova』! 

 

前作『仮面ライダー電王』で名曲『Double-Action』を手がけた佐藤健氏は最初から凄まじい歌唱力の持ち主だったがそれはむしろイレギュラーなことで、TETRA-FANGのボーカル=瀬戸康史氏は『Destiny's Play』や『Individual-System』といった初期の楽曲群において、どうしてもその歌唱に「不慣れさ」を滲ませている節があった。 

(これらの挿入歌はその点込みでも大好きです……!)

Destiny's Play

Destiny's Play

 

しかし、それらのレコーディングから間を置き、更にその期間中『キバ』のハードなアフレコを続けていたからなのか、『Supernova』における瀬戸氏の歌声はこれまでの物とは比較にならないほどのレベルアップを遂げていた。

その成長ぶりは文字通り別人に聞き間違えかねないほどで、これまでが嘘のように激しく情緒的に、伸びやかに『Supernova』を歌い上げる瀬戸氏の歌声は、既に『キバ』限定のタイアップボーカリストの枠に収まらない「アーティスト」のものに変貌、それこそエンペラーフォームに覚醒したキバのような進化ぶりを見せていたのである。

 

物語中で強化変身を遂げたキバ=紅渡と、見違えるような歌声を引っ提げてきた瀬戸氏。そんな両者のシンクロもあってか、『Supernova』には単なる「最強フォームのテーマソング」に留まらないケレン味が溢れており、『キバ』を追いかけた道の先で出会った人ほど衝撃を受ける名曲になっている。 

挿入歌は番組の展開に沿って展開されるため、曲そのものが何らかの文脈を引っ提げてデビューすることは決して珍しいことではないが、『Supernova』のそれはシリーズ中でも変わり種であると言えるかもしれない。ただでさえカッコいい歌が、こうした様々な文脈によって更にその煌めきを増していくのもまた、挿入歌の大きな醍醐味と言えるだろう。 

(それだけに、初披露となった24話がエンペラーフォームの活躍を素直に応援できる展開でなかったことが悔やまれる一曲でもあったり……)

 

 

〇  〇  〇

 


8位:「仮面ライダーウィザード」より
『Just The Beginning』 

作詞:藤林聖子
作曲・編曲:AYANO
歌:仮面ライダーGIRLS 

Just the Beginning

Just the Beginning

  • KAMEN RIDER GIRLS
  • J-Pop
  • ¥255
 

8位は『仮面ライダーウィザード』より、ウィザードを象徴するドラゴンスタイルの一番手、フレイムドラゴンの初登場を鮮烈に飾った『Just The Beginning』

 

挿入歌のパワーがもたらす効果は様々で、例えば演技や演出との相乗効果でシーンの魅力を倍増させることもあれば、一方では「挿入歌のパワーでシチュエーションに説得力を持たせる」という裏技めいたことさえもやってのけてしまう。  

『Just The Beginning』が初披露となった9話『ドラゴンの叫び』は、前話においてフェニックスに大敗を喫したウィザード=操真晴人白石隼也が、自分の中のドラゴンを御することで進化、フェニックスに一矢報いるという非常に熱いエピソード。しかし、その話数はなんと序盤も序盤である9話。 

晴人自身が身体の内にファントム=ウィザードラゴンを宿しており、ドラゴンは協力こそすれ、隙あらば晴人を絶望に堕とそうとしている……というこの関係性は『NARUTO』における主人公、うずまきナルトとその内に潜む魔獣=九喇嘛の関係性を彷彿とさせる緊張感のあるもので、『ウィザード』における縦軸の一つとなっていた。 

が、そんなウィザードラゴンを早くも説き伏せてしまうのがこの9話。しかも、その結果登場するドラゴンスタイルは基本スタイルの完全上位互換であり、当時は思わず「おいおいおい早くない!?」と突っ込んだものだった。

ウィザードラゴンを説き伏せてフェニックスに一矢報いるという展開の熱さもフレイムドラゴンのカッコよさ(デザインも二刀流アクションも惚れ惚れしますよね……)も100点満点なだけに、その早さが勿体ないなぁ、これじゃノれないだろうなぁ……などと思いつつ視聴に臨んだところ、そこで流れたのがこの『Just The Beginning』!

 

カッコいい!!!!好き!!!!!!(掌きりもみシュート)

 

と、前もって感じていた不平不満が全て消し飛んでしまうほどの圧倒的な熱量が『Just The Beginning』には満ちていた。  

同曲を手がける仮面ライダーGIRLSは前作『仮面ライダーフォーゼ』の卒業ソング『咲いて』で劇中挿入歌デビュー。爽やかで清涼感のある歌声が実にハマっていただけに、そんな彼女たちが歌う『Just The Beginning』の燃え上がるように激しく熾烈なメロディは殊更に刺激的で、気が付けばフレイムドラゴンの華麗なデビュー戦に釘付けになってしまっていた。

「挿入歌に圧倒的なパワーがあれば。多少無理のあるシチュエーションにも説得力を持たせることができる」という、挿入歌の持つ末恐ろしさに心底から震えた、そんなある意味思い出の一曲だ。 

 

その後『Just The Beginning』は12話『希望の和菓子』を最後に使われなくなってしまうものの、仮面ライダーGIRLSは後にインフィニティースタイルのテーマソング『Missing Piece』を歌唱、こちらも負けず劣らずの名曲なのが救いだった。 

『ウィザード』は仮面ライダーGIRLSに加えてお馴染みのRIDER CHIPSが久々に本格参加した作品でもあり、改めて振り返ると、同作はその豪華な楽曲展開も見所の作品だったな……と思ったり。 

いつかまたこの2大ライダーバンドがタッグを組み、たくさんの挿入歌と共に作品を盛り上げてくれる日が来てほしいと願ってやまない。

 

 

〇  〇  〇

 


7位:「仮面ライダーアギト」より
『BELIEVE YOURSELF』 

作詞:藤林聖子 
作曲・編曲:三宅一徳 
歌:風雅なおと 

BELIEVE YOURSELF

BELIEVE YOURSELF

 

7位は『仮面ライダーアギト』から、1stエンディングテーマの『BELIEVE YOURSELF』! 

前作『仮面ライダークウガ』では多くのボーカル曲が製作されたものの、演出方針のためか劇中では一度も使用されることが無かったため、「平成仮面ライダーシリーズ」における実質的な挿入歌第1号がこの『BELIEVE YOURSELF』。手がけるのは『電磁戦隊メガレンジャー』主題歌などで特撮ファンにはお馴染みの風雅なおと氏で、「ヒーロー感」をこれでもかと熱く力強く伸びやかに歌い上げる、まさしくフィニッシュテーマに相応しい名曲だ。

 

同曲は、平成ライダーシリーズ初の挿入歌というポジション、そして耳に残るイントロ(デレレレ~\デデ-ン!/)もあってか、挿入歌とは思えないほど露出の機会に恵まれた楽曲。 

具体的には、オンタイムで発売された対戦格闘ゲームの『仮面ライダーアギト』や、放送後に発売されたPlaystation2専用ゲームソフト『仮面ライダー 正義の系譜』において戦闘BGMに採用されただけでなく、後年の『仮面ライダージオウ』32話『2001:アンノウンなキオク』においては、なんとジオウとアギトの共闘用BGMに抜擢されるという凄まじい優遇ぶりを見せてくれた。筆者含めて、当時の視聴者やスタッフの中でいかに『BELIEVE YOURSELF』が印象的だったかを物語っているエピソードと言えるだろう。

しかし、この『BELIEVE YOURSELF』が印象的なのはそれだけの理由ではない。 

仮面ライダー龍騎』『555』などの平成仮面ライダーシリーズ初期作品においては、仮面ライダーたちが(味方サイドのライダーであっても)およそ「ヒーロー」と呼べないような状態であることが多く、そのため挿入歌はそんな彼らの「ヒーローらしさ」を補う側面を持っていた。 

そして、そんな役割をシリーズで初めて担ったのがこの『BELIEVE YOURSELF』。というのも、本作主人公の仮面ライダーアギト=津上翔一賀集利樹は基本的に無言でクールに戦う戦士であるだけでなく、初期にはアギトの力を制御しきれず仮面ライダーG3=氷川誠(要潤)に襲いかかることさえあったという、それだけ見るとおよそ主人公ライダーらしからぬ演出方針だ。 

また、影の主人公とも言える仮面ライダーギルス=葦原涼友井雄亮に至っては、その姿・戦闘スタイル共に異質で怪人のようなものであるばかりか、彼がメインとなるエピソードはとにかく暗い。話も画も何もかもが暗く、その戦いに漂う哀愁に拍車をかけていた。 

そんな彼らの戦いは非常に魅力的でカッコいい……のだが、どうしても(当時からすれば特に)「正義のヒーローらしくない」ものではあった。アンノウンの不気味さもあり、このままでは前作『クウガ』よろしく逃げ出してしまう子どもが出かねない! ということで、そんな彼らの戦いに華を添え、ヒロイックさを補強する対策として誕生した(と思われる)のが挿入歌と言う新たな文化であり、そのトップバッターがこの『BELIEVE YOURSELF』!

 

同曲は、歌声・歌詞・曲調のどれもが真っ直ぐ熱い王道ぶりなこともあって『アギト』の陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすのにピッタリ。  

特にアギトは、必殺技の前に必ず特定のモーション(ライダーキック、セイバースラッシュ前のクロスホーン展開など)を入れるライダー。そこに挿入歌が加わることによるケレン味は圧倒的で、この『BELIEVE YOURSELF』が「平成ライダー初の処刑曲」に相応しい人気を博したも頷ける話。栄光の「平成ライダー初代挿入歌」として、是非今後も語り継がれていってほしい名曲だ。

 

 

〇  〇  〇

 


6位:「仮面ライダー555(ファイズ)」より
『The people with no name』 

作詞:藤林聖子 & m.c.A・T 
作曲:渡部チェル
編曲:RIDER CHIPS 
歌:RIDER CHIPS Featuring m.c.A・T 

 

6位は『仮面ライダー555』の2ndエンディングテーマこと『The people with no name』

 

初披露が仮面ライダーファイズ アクセルフォームの初登場回である21話『加速する魂』であるだけでなく、その後も(タイミングを踏まえれば当然だが)度々アクセルフォームの活躍シーンで流れる同曲は、強化クリムゾンスマッシュの圧倒的なインパクトなども相まって、実質的なアクセルフォームのテーマソングとして高い知名度を誇る名曲。

 

しかし、その印象深さは何もアクセルフォームのインパクトだけによるものではなく、この『The people with no name』そのものが非常に魅力的で、かつ変わり種の挿入歌であることも大きい。 

というのも、同曲はその最たる特徴として楽曲内にラップを組み込んでいる。間奏部分には本格的なラップパートがあるし、それ以外のメロディラインもラップに通ずる独特かつ軽快な、どこか癖になるテンポ感で構成されたもの。仮面ライダーアギト』『龍騎』と続いたライダーソングの王道テイストを引き継ぐことなく、全く異なるテイストでライダーソングの新たな地平を切り開いた点にこの歌の真価があると言えよう。 

そもそも『555』は『クウガ』から続くシリアスな作風を踏襲した作品だが、陰鬱な雰囲気の中に儚げな情緒が込められたその作風は他にない独特のもの。 

それは大人から見れば「味のある」、子どもから見れば「背伸びした気分になれる」ものであり、いずれの視聴層にも響く特異な魅力を醸し出していた。この『The people with no name』は、そういった意味でも非常に『555』らしい楽曲と言えるかもしれない。

同曲がそのような「変わり種」となったのは。おそらくゲストボーカルであり、ラップパートの作成を担当したm.c.A・T氏によるところが大きい。  

というのも、同氏は『555』OP主題歌『Justiφ's』を歌唱したISSA氏の所属するダンス&ボーカルグループ「DA PUMP」の元プロデューサーであり、自身の手で多くの楽曲を提供してきたという経歴の持ち主。DA PUMP……なるほど……(脳裏を過ぎる例の曲) 

そんな同氏が『The people with no name』の作曲・編曲面にどこまで関わっていたのかという詳細な所までは分からないものの、編曲をボーカルのRIDER CHIPSが担当していることも踏まえると、共同ボーカルであるm.c.A・T氏が(大々的な形ではないにしろ)何らかの形で編曲面に関わっていたとしても納得のいく話。 

何にせよ、『Justiφ's』同様に『The people with no name』が吹かせた新風が仮面ライダーシリーズの楽曲史に残した影響は間違いなく大きなもの。同曲が耳に残る楽曲なのも必然と言えるだろう。

 


〇  〇  〇

 


以上、10位から6位までのランキングでした! 
まとめると下記のようになります。 

10位 『Spinning Wheel』仮面ライダードライブ)
9位 『Supernova』仮面ライダーキバ
8位 『Just The Beginning』仮面ライダーウィザード)
7位 『BELIEVE YOURSELF』仮面ライダーアギト
6位 『The people with no name』仮面ライダー555 

皆様の推し挿入歌は入っていましたでしょうか……? もし入っていたなら、あるいは少しでも共感して頂けたなら幸いです。

NEXT LEVEL(次回予告 ver.)

NEXT LEVEL(次回予告 ver.)

  • YU-KI(TRF)
  • アニメ
  • ¥255

しかし、本番はまだこれから!
本当なら残る5~1位についてもこの記事で語っていきたいのですが、気が付けば字数が8000を超えてしまったので、一旦この辺りで切り上げたいと思います。 

長文にお付き合い頂きありがとうございました。【後編】の記事でまたお会いしましょう! 

”第2話”で振り返る『帰ってきたウルトラマン』 ハードなドラマと熱い変身は「魂の帰還」を高らかに謳う

突然ですが皆さん、ウルトラシリーズで好きな「第1話」や「最終回」ってありませんか?


第1話は作品の始まり、最終回は作品の総決算。印象的な名エピソードが多いのも当然で、この話題はファン共通のいわば語り草ですよね。 

一方、個人的にそんな第1話や最終回と並べて語っていきたいのが「第2話」! 

前二者に比べて中々取り上げられないものの、それらよりも自由であるからこそ、時には第1話以上に作品の個性・魅力が溢れているのが第2話というもの。

 

今回から始まるシリーズ記事『”第2話”で振り返るウルトラシリーズでは、数あるウルトラシリーズから筆者オススメの「第2話」をピックアップ。何かと隠れがちなその見所を取り上げつつ、作品そのものの魅力にも迫っていきます。

記念すべき第1回で取り上げるのはこちらのエピソード!


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第1回「帰ってきたウルトラマン」より

第2話『タッコング大逆襲』

1971年4月9日放送 
監督:本多猪四郎
脚本:上原正三

帰ってきたウルトラマン

帰ってきたウルトラマン

  • 団 次郎 & みすず児童合唱団
  • サウンドトラック
  • ¥255

第1回を飾るのは、筆者イチオシの昭和ウルトラ作品こと帰ってきたウルトラマンから、第1話冒頭で撤退したタッコングとの決着戦を描くタッコング大逆襲』!

 

帰ってきたウルトラマン』は、1971年から放送されたウルトラシリーズ第4作。前作『ウルトラセブン』終了から間を開けて始まった、通称「第2期ウルトラシリーズ」の初作で、当時の流行を反映する形でスポ根・ホームドラマ的な作風が押し出されているのが特徴。 

スポ根・ホームドラマ的な作風……というとどことなく時代がかった響きのようにも聞こえてしまうけれども、言い方を変えれば、本作が描くのは主人公・郷秀樹の人間としての葛藤と成長(スポ根)そしてその日常(ホームドラマ)。 

帰ってきたウルトラマン」ことウルトラマンジャックが郷と心身ともに一体化していくという点も含めて、本作は平成以降のウルトラ戦士に多く見られ、シリーズのもう一つの本流となっていく「人間ウルトラマン」の先駆け/パイオニア的作品であり、その優れたドラマ性が大きな魅力となっている。 

そんな『帰ってきたウルトラマン』の魅力がギュッと詰まったエピソードがこの2話『タッコング大逆襲』! 本話のあらすじは下記の通り。

 

怪獣攻撃部隊「MAT」にスカウトされた郷秀樹(団時朗)。ウルトラマンと一体化したことでその身体能力は超人的なものになっており、彼は入隊に伴う技能テストで次々に先輩隊員を圧倒してみせる。 

そんな自分の力に慢心した郷は、オイル怪獣タッコングの挟撃作戦において独断を働き、同行した南隊員(池田駿介)を負傷させたばかりか、タッコングの逃亡をも許すという大失態を犯してしまう。 

全ては自分の責任だと郷を庇う南隊員だったが、事の顛末を見抜いていた加藤隊長(塚本信夫)は郷に除隊を言い渡す。郷は、タッコングとの交戦時にウルトラマンへの変身が叶わなかったショックもあり、失意の中でMATを後にする。 

その有り様を受けて、郷の恩師にして良き理解者でもある坂田健(岸田森)も彼を冷たく突き放す。隊長や健の真意に気付かないまま、居場所を失い放浪する郷。しかし、その中で彼が目撃したのは「ウルトラマンごっこ」に興じる子どもたちの姿だった。 

自分は力に溺れて、真に為すべきことを見失っていたんだ――。 

自身の愚かさを悟った郷は、単身、再び暴れ出したタッコングとMATが交戦するコンビナート地帯に急行する。 

人としてできることを、と救助活動に没頭する郷が絶体絶命のピンチに陥ったその時、遂に彼はウルトラマンに変身。ウルトラマンは激戦の末に必殺のスペシウム光線で勝利を収め、郷も無事に復隊を果たすのだった。  

 

 

第2話『タッコング大逆襲』はタイトル通りオイル怪獣タッコングとの戦いが描かれるエピソードだが、最大の見所は何といってもその秀逸なシナリオ。  

「慢心からウルトラマンに変身できず、ウルトラマンとして/人としての在り方に向き合うことになる」という、後の『ウルトラマンダイナ』や『マックス』などに継承される名プロットをペースにMAT隊員の紹介編を織り込みつつ、郷の葛藤と成長を描き、それらが最終的に「真のMAT隊員」そして「真のウルトラマン」としての郷秀樹の誕生に結実する流れは見事の一言。 

第1話『怪獣総進撃』が怪獣特撮ものとしてのエンタメを追求した作りだったからこそ生まれた、人間ドラマとしての『帰ってきたウルトラマン 第1話』とでも呼べるエピソードが、この第2話『タッコング大逆襲』なのである。

 

そんな本エピソードは、新入隊員である郷がMATの技能テストを受けるシーンから幕を開ける。 

f:id:kogalent:20210930071944j:imageテストの一連は、郷が「ウルトラマンと一体化したことで超人的な力を手に入れた」ことを示すデモンストレーションのようなシーンだが、テスト種目と相手の隊員が都度変わっていくことで、実質的に各隊員の紹介シーンも兼ねているのがまた上手い。 

剣道の相手となる丘隊員(桂木美加)は、郷に敗れたことをして「初めて竹刀を持ったというのはウソね?」~「そうだとすると、私は素人に負けたことになるわ」と洒落たコメントを残し、一方、軍人気質で射撃の名手でもある岸田隊員(西田健)は郷を自ら射撃場に招くも敢えなく敗れ、その後「実戦は射撃場とは違う、甘く見るなよ」と(負け惜しみのようにも聞こえる)警告を行う……と、隊員たちの台詞が短いながらもそれぞれのキャラクター性を的確に表しており、一連のシーンが郷の異常な身体能力を引き立たせつつ、わざとらしさのないMAT隊員たちの紹介となっている。まさに隠れた名シーンと言えるだろう。 

(上野隊員(三井恒)だけは開幕早々、丘隊員の前座のような形で郷に敗れて以降特に見せ場がないのだが、狙ってかそうでないのか、それでこそ上野隊員といったような扱いなのが面白い)

 

そんなMAT隊員の中でも特にスポットが当てられているのが、後に郷の兄貴分的な存在となる南隊員。演じるのは『キカイダー01』の主人公、キカイダー01/イチロー役などで知られ、2006年公開の映画『ウルトラマンメビウスウルトラ兄弟』のエンドロールムービーで郷役の団時朗氏と再共演を果たしたこともある池田駿介氏だ。 

f:id:kogalent:20210930072100j:image 南隊員は、前述の技能テスト(柔道)において郷に敗れてしまうも、丘隊員や岸田隊員と異なり、郷の驚異的な技を素直に賞賛してみせるなどのフレンドリーな面を見せる。 

他にも、タッコング挟撃作戦で失態を演じた郷を庇ったり、ケガを押して救助活動に向かったりするなど複数の見せ場が設けられており、そのことが彼の人柄だけでなく、MATが従来の組織に比べて人間臭く、家族然としたチームであることを感じさせてくれる。その点には、郷の過ちを「郷の取った行動はミスではない、身勝手な思い上がりだ」と厳しく糾弾しつつも、その帰りを信じ待ち侘びていたという加藤隊長の父性溢れる振る舞いも大きく影響しているだろう。 

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このようなMAT隊員たちの鮮やかな導入/紹介は、1話で顔見せ止まりだった彼らとMATそのものの掘り下げに大きく寄与している。しかしそれ以上に注目したいのは、これらMATの描写が、彼らと対照的な郷の未熟さ、そしてその成長という本エピソードのメインストーリーをこの上なく引き立たせている点だ。

MAT

MAT

 

ウルトラマンジャック=郷秀樹といえば、歴代主人公の中でも特に熱さとクールさの二面性が魅力的な主人公。しかし、それは『帰ってきたウルトラマン』作中での様々な経験があればこそ。序盤では3話『恐怖の怪獣魔境』など、むしろ『ウルトラマンA』の北斗などにも通ずる無鉄砲な熱血漢ぶり、あるいはその未熟さが色濃く描写されることが多い。  

本話もその例に漏れず、ウルトラマンの力にあぐらをかいて作戦を無視したり、MAT除隊となった後、家代わりである坂田家に「俺、MAT辞めてきちゃったよ」と微妙にウソをつきつつ戻ってきたりと、何とも若者らしい未熟な面がクローズアップされていく。 

(ごく普通のレーサーがある日突然ウルトラマンの力を手にしたばかりか、MATという国が誇るヒーローにスカウトされたのだから、このくらい調子に乗ってしまうのはむしろ当たり前かもしれないが……)

 

自身の未熟さ故にMATを除隊されたとは口が裂けても言えず「MATを辞めてきた」と語る郷を、彼の恋人=坂田アキ(榊原るみ)は「半分はがっかりだけど、半分は(激務のMATから離れた=会いやすくなるから)嬉しいの」と正直な気持ちを吐露しつつ歓迎する。 

彼らが家に戻ると、待っていたのは家主であり、郷と共にレーサーの夢を追う男、坂田健。 

本作が平成生まれの作品であったなら、失意の郷に健が言葉を投げかけ、それが何かに気付くきっかけとなる……と、そういう展開になったかもしれない。しかし『帰ってきたウルトラマン』は1971年放送の作品。時代故か、スポ根ものを意識した作風故か、郷を待つ人々はそう甘くはない。 

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「俺はもう、お前と組むつもりはないんだよ」
「なんですって!?」
(レース用の新マシン=流星2号を作るのにかかる時間が)これから5年として、お前は一体いくつになるかな? レーサーとしてはとうが立ちすぎている。組むんなら……俺はもっと若いヤツと組むね」
「それ本当ですか……? 坂田さん!?」
「ハッ……鈍いなお前も。その気がないんなら、なんでお前をMATへなんかやるか」

郷が戻るや否や告げられるコンビ解消宣言。 

あまりに冷淡な態様に打ちのめされた郷は家を飛び出してしまうが、健は彼を追おうとするアキを引き留める。

「今、一番郷に必要なことは……一人で考えることだ」

コンビ解消宣言は決して本心ではなく、加藤隊長から事の顛末を聞いていた健が、郷に発破を掛けるために言い放ったものだったのだ。 

僅か2話にして主人公が居場所を失くしてしまうという衝撃のシーン。70年代ならではのハードな展開の中に、兄、あるいは父親のような深い情を思わせる岸田森氏の名演が光る、同作『帰ってきたウルトラマン』のドラマ性を象徴する名シーンだ。

後の『ウルトラマンA』『タロウ』など他のウルトラシリーズにおいても、強敵の出現によって主人公(ウルトラマン)が苦境に陥る様は度々描かれることになるが、こと『帰ってきたウルトラマン』においては、怪獣は郷たちに降りかかる「苦難そのもの」である以上に、苦難の「きっかけ」として描かれることが非常に多い。  

具体的には、(本話のように)郷自身の人間としての未熟さが危機を招いてしまったり、ウルトラマンであるが故に周囲と衝突したり、怪獣のために大切な人々が苦境に陥ってしまったり……。帰ってきたウルトラマン』における脅威とは、怪獣そのものの強さというより、むしろ怪獣がきっかけとなり引き起こされるドラマ、いわば「状況」の方なのだ。 

(そのためか、同作は怪獣の強弱に関わらず緊迫感のあるエピソードが非常に多い)

 

ただし、このことは裏を返せば怪獣が主役ではなく舞台装置的になっているということでもあり、それは『帰ってきたウルトラマン』序盤の視聴率が奮わなかったことと決して無関係ではないだろう。 

そんな視聴率不振を受けて、同作は作中屈指の人気怪獣ことベムスターが登場する第18話『ウルトラセブン参上!』を皮切りに、怪獣(+宇宙人)が中心となって描かれるエピソードが増えてくる。 

しかし『帰ってきたウルトラマン』が本来の方針を捨て去ることはなく、むしろ同作が元々持っていた高いドラマ性と怪獣・宇宙人の魅力が融合したことで、第31話『悪魔と天使の間に...』や第44話『星空に愛をこめて』といった、人間ドラマと怪獣特撮らしいエンタメ性の共存した傑作が次々と誕生していくことになる。  

MATの使命

MATの使命

 

逆境の中でも決して妥協せず、そのハードな物語性を貫き続けた製作陣。彼らがそうまでしてドラマ性にこだわった理由が集約されているのが、他でもない第2話『タッコング大逆襲』のクライマックスだろう。 

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坂田家を出て一人放浪する郷。彼は町中で、偶然にも「ウルトラマンごっこ」に興じる子どもたちを発見する。郷にとって、その姿はまさしくウルトラマンの力に酔いしれる自分の姿そのものだった。 

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「俺は確かに思い上がっていた、ウルトラマンであることを誇らしく振り回そうとしていた……。その前に郷秀樹として全力を尽くし、努力しなければならなかったんだ」

自身の過ち、そして本当にすべきことを悟った郷の耳に、怪獣タッコングの咆哮が響く。郷がMATを離れ悩んでいる間に、タッコングがコンビナート地帯に上陸し暴れ出していたのだ。 

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人として全力を尽くすべく現地に駆け付けた郷は、オイルプラント地下に閉じ込められた作業員たちの救出に奔走する。 

MATの戦い

MATの戦い

コンビナート地帯では先んじて到着していたMATが救助や避難誘導などを行っており、その中で加藤隊長は救助活動中の郷と合流する。 

迫りくるタッコングを前に「これ以上は無理だ!」と郷にも避難を促す加藤隊長だったが、

「最後まで……最後までやらせてください!」

今度は慢心ではなく、人々のために命を懸ける覚悟から命令を無視する郷。彼は制止を振り切って再度オイルプラント地下へ向かうが、タッコングの進撃によって地下にも火の手が回ってしまう。 

鎮火を試みる郷が絶体絶命のピンチに陥ったその時、脳裏にウルトラマンの光が閃く。彼が神託を受けた神官のように手を掲げると、その身体は遂にウルトラマンへと変身を遂げる――! 

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本話前半、タッコングに襲われた郷がなぜウルトラマンに変身できなかったのかも、逆になぜここでウルトラマンへの変身が叶ったのかも作中では明言されない。しかし、視聴者としてそこに疑問を挟む余地は欠片もない。今の郷がウルトラマンの力を使うに相応しい人物だということを、その言葉、表情、行動の全てが証明しているのだから。

夕陽に立つウルトラマン

夕陽に立つウルトラマン

郷が心身ともに本物の戦士に生まれ変わったことを、本話前半と同じ「命令の無視」によって描くという粋な演出から始まるこの一連は、炎に包まれた郷が遂に変身するシーンも含めて作中屈指の名場面と言えるだろう。 

郷の慢心、MATや坂田家の暖かさと厳しさ、それらを経て至る郷の再起……全てのドラマがこの変身に集約され、ウルトラマンの登場でカタルシスが爆発する。それはまさしく、『ウルトラマン』とも『ウルトラセブン』とも異なる新たなウルトラマンシリーズの産声、3年越しの魂の帰還とでも呼ぶべき瞬間だ。  

そう、怪獣とヒーローの魅力の到達点を生み出した『ウルトラマン』SFとしての圧倒的な完成度を誇った『ウルトラセブン』に対し、それらを越え得るものとして製作陣が切ったカードこそウルトラマンというヒーローそのものとドラマとの融合」であり、本話の圧倒的なカタルシスがその一つの完成形。製作陣が本作を通してドラマ性へのこだわりを最後まで貫いた理由そのものなのではないだろうか。 

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一方、そんな熱いドラマ描写の煽りを受けてしまったのがタッコング。 

タッコングはその味のあるフォルムや1-2話に跨って登場したことによるインパクトもあってか、後に『ウルトラマンタイガ』でも復活を遂げるなど高い人気を誇る怪獣だ。ところが、本話ではなんと(前半~中盤で大暴れするものの)ウルトラマンの登場からたったの1分10秒で爆殺されてしまう。  

ただ、その点はスタッフも自覚があったのか「短いならその分印象的な画を見せよう」と言わんばかりに、ウルトラマンタッコングの戦闘シーンは明らかに尋常でない気合を持って作られている。 

コンビナートのミニチュアは今見ても全く遜色のない緻密さであるし、画面中所狭しと炎が燃え盛る様は迫力満点。たった1分10秒だからと、やりすぎなくらいの全力で繰り広げられる特撮は圧巻の一言だ。 

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帰ってきたウルトラマン』はドラマ面にスポットが当たりがちだが、シリーズ復活第1作だけあって特撮や怪獣演出への気合も抜かりない作品。そういった意味でも、この『タッコング大逆襲』は同作を象徴するエピソードとも言えるかもしれない。  

(その猛烈な画がファンの間で語り草にでもなったのか、なんと後の1984年に公開された映画『ウルトラマン物語(ストーリー)』では、ウルトラの父がこのジャックとタッコングの戦いを「過酷な環境下での戦い」のサンプルケースとして挙げている一幕がある)

ウルトラ5つの誓い

ウルトラ5つの誓い

そんな本エピソードは、その〆も実に「らしい」ものになっている。   

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コンビナートでの活躍を認められてMATに復隊した郷。加藤隊長は、そんな郷と共に坂田家を訪れる。その目的は、健に自身の口から直接感謝を伝えることだった。

「貴方の所から戻った郷は、立派に立ち直っていました。もう、非の打ち所のない立派なMATの一員です」
「そりゃ良かった……。ところで、私の方からもお願いがあるんですが」
「ほう、なんでしょうか」
「休暇の時で結構です、郷を貸してください。流星2号を作りたいんです」
「坂田さん、本当ですかそれ!?」
「うん、俺たちの夢なんだ。大事に育てよう」

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帰ってきたウルトラマン』は前述したもの以外にも数え切れない様々な個性・魅力を持った作品だが、この加藤隊長と健のやり取りに象徴される「坂田家とMATの両方が郷の家であり、家族である」という暖かさと、そこから描き出される絆の物語こそが、同作最大のアイデンティティに思えてならない。

 

暖かさと厳しさの共存、怪獣特撮と人間ドラマの融合。1971年という時代だからこそできたハードなドラマ描写、そして特撮ヒーロー黎明期だからこそ生まれた果敢な挑戦の数々。それらに込められた魂が熱く気高いからこそ『帰ってきたウルトラマン』は今も色褪せることがない。 

2021年で遂に放送開始50周年を迎えた同作は当時から大きく再評価が進んだこともあり、現在は円谷プロ作品専門の動画配信サービス「ウルトラサブスク」こと「TSUBURAYA IMAGINATION」で見放題配信中な上、各社からBlu-ray BOXも新品が販売されているなど視聴手段には困らない。 

50周年というこの記念すべき節目に、是非第2話『タッコング大逆襲』そして、そこから続いていく郷たちの努力と絆の物語を振り返ってみてはいかがだろうか。

 

(次郎くん、触れられなくてごめんね……)