感想『進撃の巨人 Season 1~3』- 心臓を捧げよ! 予想を裏切り、期待を越える “選択” と “代償” のヒストリア

言わずと知れた大人気作品『進撃の巨人』に触れないオタク人生を過ごしてきた。理由は簡単、巨人たちのビジュアルやクセの強い画風を見て、なんとなく「自分には合わないだろう」と思っていたからだ。 

今振り返ると、そんな自分の先入観と偏見に「馬鹿だなぁ」と思ってしまう反面、そうしてこの作品を遠ざけていたおかげで「ほぼ間を置かずに、事前知識もなく『進撃の巨人』マラソンができている」と思うとほんの少しだけ感謝もある。こんな作品を1週間、1ヶ月、半年に数年と待たされようものなら、自分のような脆弱なオタクは気が狂ってしまったに違いない。 

……なので、本来ならこうして自分の感想を記事に留める時間さえ惜しいのだけれど、『進撃の巨人 Season3』終盤で明かされた真実は、そんなリスクを冒してでも尚「今、この時点で自分が感じていることをまとめておかなければならない」と思わされる程には衝撃的なものだった。 

前置きも程々にしつつ、早速そんな『進撃の巨人』初見の感想、そして「彼らの旅路に “今” 感じていること」を思いのままに書き残しておきたい。


※以下、漫画・アニメ『進撃の巨人』のネタバレが大量に含まれます、ご注意ください!※

 

《目次》

 

 

予想を裏切ってくれたもの ~Season1 前半~

 

自分が今回見たのは、アニメ『進撃の巨人』のSeason1~3に『イルゼの手帳』を含む一部OAD、加えて劇場版のSeason1・2各総集編。Season 3の最終回、海の向こうをエレンが指し示す悲痛なラストから実に約1ヶ月焦らされていてワナワナしているのだけれど、本誌なら最低1ヶ月、コミックスなら数ヶ月、アニメに至っては数年待たされた先駆者たちのことを思うととても弱音を吐いてはいられない。 

……しかし、そもそもの話として、自分がここまで『進撃の巨人』に意識を持っていかれること自体が全くの「予想外」だった。

 

 

視聴当初、自分の中にあったのは「やっぱり自分には合わないかもしれないな」という不安と懸念。ショッキングな展開に、生理的嫌悪感を催す巨人のビジュアル (今となってはその “嫌悪感” を覚えてしまうことそれ自体に胸が痛くなる) 、重く剣呑とし続ける雰囲気……。いつ、誰が、どんな惨い最期を迎えてしまうか分からない真っ暗闇の中を歩いているようで、「先が気になる」よりも「見ていてしんどい」が勝っていたように思う。 

そんな鬱屈とした状況に一石を投じたのは、本作の「予想を覆す」展開の数々だった。

 

 

第4話『解散式の夜 ~人類の再起2~ 』では、爽やかに主人公顔をキメるエレンの背後に突如超大型巨人が現れ、続く第5話『初陣 ~トロスト区攻防戦1~ 』では、エレンが巨人に補食され「話を跨いで主人公が不在」という1クール目序盤にあるまじきとんでもない状況が爆誕。そして、極め付けのサプライズとなったのが「エレンの巨人化」だった。

 

 

自分が進撃の巨人について予め知っていた「ネタバレっぽい要素」は、リヴァイのフルネームが「リヴァイ・アッカーマン」であることと「エレンが巨人化すること」の2つ。てっきりエレンの巨人化は「原作終盤で明らかになる衝撃の真実」の枠だと思っていたらコレだよ! ……というのはさておき、このような「こちらの予想を裏切ってくる展開」の数々こそが『進撃の巨人』最大の特徴の一つと言えるだろう。  

前述のトロスト区攻防戦だけでも凄まじい裏切られっぷり (良い意味で) だったのに、その後もエレンの巨人化能力がすぐさまバレたり (ウルトラマンっぽいな、と感じたからこそ予想外だった) 、後述の初代リヴァイ班の顛末や「ライナー事変」だったり、明かされた世界構造だったり……と、本作はどれだけ先を読もうとしても絶対に「読ませてくれない」。 

こちらがフラグだと思ったらそれはブラフで、なるほどこういう流れか、と一息つこうものなら、その瞬間にとんでもない展開が降ってくる――と、そんな展開がまるでこちらの心を読んでいるかのように畳み掛けてくるのだ。気が付けばしんどさよりも「 “それ” を見逃したくない」という思いが勝っていたし、このような作品の魅力・パワーが「苦手意識をねじ伏せてくれた」からこそ、自分は今こうして感想記事を書くほどに本作を楽しめているのだろうと思う。

 

紅蓮の弓矢

紅蓮の弓矢

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エレンの巨人化を初めとする様々な「予想外」に引っ張られるようにのめり込んでしまったトロスト区攻防戦。しかし、まだこの時点ではこの作品にノリきれていない自分がいた。正直なところ、この時点ではまだ本作の主人公=エレンがあまりピンと来ていなかったのである。

 

 

壁外へ出るべきだという情熱を滾らせ、間違ったことには大人相手でも立ち向かう勇猛果敢な少年=エレン。その真っ直ぐな強さはまさしく主人公の器だったけれど、作中序盤の彼は無愛想で当たりが強く、見ようによっては「ヒステリック」にも感じられてしまう状態だった。 

背景を考えればやむを得ないとはいえ、本作のただでさえ沈痛な雰囲気もあって、自分の中ではどうしても彼への好感度が高まらず、結果「彼に特別な想い入れを持っているミカサやアルミンに共感できない」という致命的な問題が発生してしまっていた。 

……が、しかし。

 

『お母さんの仇はどうした! 巨人を駆逐してやるんだろ!? お母さんを殺したヤツが憎いんだろ!?』
「何言ってんだアルミン……? 母さんなら、ここにいるぞ」
『エレン、エレン! 起きてくれよ! エレン、この中にいるんだろ!? エレン!! ……このままここにいたら、巨人に殺される!ここで終わってしまうッ!!』
「だから、何言ってるかわかんねェよ、アルミン。なんで外なんかに出なきゃいけないんだ……。そうだよ、どうして外なんかに……調査兵団、なんかに……」 

 (中略) 

『僕たちは、いつか外の世界を探検するんだろ?』
「……!」
『この壁の外のずっと遠くには、炎の水や氷の大地、砂の雪原が広がっている……。僕の父さんや母さんが行こうとしていた世界だ。忘れたのかと思ってたけど、この話をしなくなったのは、僕を調査兵団に行かせたくなかったからだろ?』
「外の、世界――」
『エレン、答えてくれ。壁から一歩外に出れば、そこは地獄の世界なのに……父さんや母さんのように無惨な死に方をするかもしれないのに、どうしてエレンは “外の世界に行きたい” と思ったの!?』
「 “どうして” だって? そんなの、決まってんだろ……。俺が、この世に生まれたからだ!!」

-「進撃の巨人」 第12話『傷 ~トロスト区攻防戦8~ 』より

 

自分は大きな大きな勘違いをしていた。エレンは真っ直ぐでこそあれ、決して「強い」人間ではない。巨人化の力を制御しきれず、朦朧とする意識の中で幸せな記憶に逃避し「どうして外なんかに出なきゃいけないんだ」という思いを吐露してしまう弱さや、不器用ながらもアルミンを気遣う優しさを持った「ごく普通の少年」という姿こそが、むしろエレンの本質なのかもしれない。 

ならば、そんな「ごく普通の少年」=エレンをここまで滾らせるものは何なのか。それは決して母を殺された恨みだけではない。大義の為でも、ましてや正義の心でもない。彼を何より滾らせるのは「自由」への渇望。どんな命も生まれながらに持っている願いであり、壁に囲まれた人類が失ってしまった「叫び」だ。 

彼の叫びが (自分を含めた) 多くの人々の胸を打つのは、私たちもまた様々な壁――誰かに決められた運命、「当たり前」という呪い、曇天のような見えない閉塞感――に囲まれながら生きており、その中で自らの「魂」を燻らせてしまっているから。現実世界より遥かに残酷で理不尽な世界で叫び、足掻き、抗うその小さな背中が、鋭く燃える瞳が、私たちに「お前たちはそれでいいのか」と問いかけてくるからなのかもしれない。

 

紅蓮の座標 [劇場版Size]

紅蓮の座標 [劇場版Size]

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「選択」と、世界の「残酷さ」~Season1 後半~

 

エレンの巨人化という一大トピックが落ち着くと、物語はあっという間に2クール目。『進撃』を見る前の自分でも知っていたド有名キャラことリヴァイやハンジたちが本格参戦する中、徐々に本作のテーマ、あるいは核のようなものが浮き彫りになっていく。エレンたちが目指すもの=自由がもたらす「代償」だ。

 

 

『進撃』において、「自由」とは「選択」と読み換えることができる。壁の中で生きることは、自らの自由 (選択) を放棄し、決められた運命に身を委ねること。壁の外へ出ることは、自らの生き方を自らで「選択する (自由を行使する) 」こと。事実、第104期生の調査兵団への入団シーンでは、彼らが「周囲に流されるのではなく、自らの意志で “選択” する」過程が印象的に描かれていた。 

しかし、本作はそうしたエレンたちの生き方を美徳としつつも、むしろその「負の側面」を徹底的に / 残酷に描いていく。その嚆矢となったのが、第2クール最大の悲劇である「女型巨人VSリヴァイ班」の一連だ。

 

「何をしているの、エレン!」
「!」
「それが許されるのは、貴方の命が危うくなった時だけ!私たちと約束したでしょ!?エレン……!」
「お前は間違ってない」
「っ!?」
「やりたきゃやれ……。俺には分かる、こいつは本物のバケモノだ。巨人の力とは無関係にな。どんなに力で抑えようとも、どんな檻に閉じ込めようとも、こいつの意識を服従させることは誰にもできない」
『とにかく巨人をブッ殺したいです……!』
「エレン、お前と俺たちとの判断の相違は、経験則に基づくものだ。だがな、そんなもんはアテにしなくて良い。……選べ。自分を信じるか、俺やこいつら調査兵団組織を信じるか、だ」
「……!」
「俺には分からない。ずっとそうだ……自分の力を信じても、信頼に足る仲間の選択を信じても、結果は誰にも分からなかった。だから……まあ、せいぜい “悔いが残らない方” を自分で選べ」

-「進撃の巨人」 第19話『噛みつく ~第57回壁外調査3~ 』より

 

第104期生が加わった調査兵団を急襲、仲間たちを次々と殺害していく女型の巨人を前にしたエレンは、このやり取りを経て「変身せず、そのまま進む」ことを選択。 

結果、エルヴィンの策によって一度は女型巨人の捕獲に成功する=エレンの選択が功を奏するも、女型は無垢の巨人を招集、自らを喰わせるという奇策によって捕縛を脱し、ペトラたちリヴァイ班を全滅させてしまう――。

誰かが死ぬかもしれないらという覚悟は常に持っていたつもりだったけれど、諫山先生にとってはそれさえも想定内だったというのだろうか。叩き付けられたのは「リヴァイ班全滅」という想像を絶する悲劇。  

オルオかペトラは生き残るだろう、という予想さえも通じない容赦の無さには文字通り絶句してしまったけれど、この一連における真のエグさとは「エレンに選択の余地を残した」こと。もしもあの時変身して、リヴァイたちと共闘していたら、そこで女型を倒せたかもしれない……という後悔が残ってしまったからこそ、この悲劇はエレンにとっても我々視聴者 / 読者にとっても、決して割り切ることのできない「刺」になってしまったのだろうと思う。

 

(エレンが「間に合った」というifを表紙にするという単行本派殺しの第7巻、あまりにも人の心がない……)

 

けれど、ここで忘れてはならないのは「エレンが変身していたとしても、事態が好転していたとは限らない」ということ。エルヴィンの作戦発動前にエレンが変身していたら、それは消耗していない女型の巨人と、彼女が呼び寄せた大量の巨人を一気に相手取るということでもある。むしろそちらの方が「最悪」であった可能性を一体誰に否定できるだろうか。 

世の中に完璧な選択なんてない。自由 (選択) には常に代償が伴う――。それは、抗うことのできない「世界の摂理」であり、ちっぽけな人間一人に抗えるものじゃない。だから、自分の選択だけで変えられるものがあるとすれば、それはせいぜい「自分の気持ち」ぐらいしかないのだと、だから、せめてそれぐらいは「自分で選べ」と――。リヴァイの「 “悔いが残らない方” を選べ」という言葉の裏には、そんな思いが込められていたように思うのだ。 

また、この「自分一人の選択では、世界や運命を変えることはできない」「それでも、“あの時ああしていたら” と思わずにはいられない」というのは、私たちが生きる現実にもそっくりそのまま言えること。 

前述の「俺がこの世に生まれたからだ」の件も然り、『進撃』はその作品カテゴリこそ「ファンタジー」であるけれど、根底にあるリアリズムは現実のそれを色濃く反映したものであり、本作はそれに加えて「フラグ」や「テンプレート的な展開」といったフィクションらしさを徹底的に排除、満を持して行われたエレンVSアニの最終決戦に見られるように「勝利のカタルシス」も極限まで抑えられている。 

このような作劇やリアリズム、そして「確かに、この世界で生きている」と感じさせてくれるキャラクター描写の結果、作り出されるのは異様な「現実感」。フィクションでありながらフィクションでない、ファンタジーでありながら「史実」を見ているかのようなこの臨場感こそが、『進撃の巨人』という作品が持つ唯一無二の魅力と呼べるかもしれない。

 

自由の代償

自由の代償

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Linked Horizonと『心臓を捧げよ!

 

Season 2本編の話に入る前に、本作の「楽曲」について降れておかなければならない。 

ネタバレが恐ろしいのでサントラにはまだちゃんと触れておらず(澤野弘之さんにはガンダムシリーズキルラキルアルドノア・ゼロ等々日頃から多々お世話になっております……) 、ちゃんと触れているのは歌の方だけなのだけれど、問題はその歌――とりわけ「Linked Horizonの手掛ける楽曲」たちだった。

 

 

当時から良い歌だな (曖昧な感想) と感じていた『紅蓮の弓矢』、聞けば聞くほどサビが頭から離れなくなる『自由の翼』、『紅蓮の弓矢』により重厚なアレンジが施されたセルフリメイク曲『紅蓮の座標』、『自由の翼』をベースに、フィルムスコアリング方式で作られただけあって、映像とのリンクが凄まじいセルフリメイク第2弾『自由の代償』……。 

自分は故あってLinked Horizon……ではなく、その大元=Revo氏率いる音楽アーティスト集団『Sound Horizon』の作品に何度か触れており、そのメロディアスで力強い曲調が好みにマッチしていていると常々感じていたので、今回遂にLinked Horizonの楽曲が「タイアップ先の作品と併せて」楽しめるというのはまさに願ったり叶ったり。 

案の定、聞いたことのある『紅蓮の弓矢』も、改めて聞くとその荒々しい熱さがエレンそのもののように思えたし、『自由の翼』は息の詰まるSeason1第2クールにピッタリの「クライマックス」感溢れる楽曲じゃないか……と、いずれも全く別物のように楽しむことができたし、セルフリメイクや挿入歌という文化が大好物なオタクとしては『紅蓮の座標』『自由の代償』もたまらないものがあった。 

が、しかし、本当の「ぶっ刺さり」案件はその先に待ち構えていた。Season 2のOP主題歌『心臓を捧げよ!』である。

 

心臓を捧げよ!

心臓を捧げよ!

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心臓を捧げよ!』の何がそんなに好きなのか? と言われると、音楽の専門知識がない自分はもう「全部」と答えるしかない。音楽、歌詞、画 (OP映像) の全部が全部ツボに入ってしまったのだ。

 

 

 

 

思わずこんな投稿を連投したり、音源の入手が待ちきれずにYouTubeを検索、ネタバレの危険を承知で公式アップロードの音源を聴いたりと、そのハマりようは我ながらかなりのものだったと感じているし、ライブ映えしそうなこの歌がフィナーレを飾り、実際にすこぶる映えていた「Linked Horizon Live Tour 『進撃の軌跡』第一壁」はまさに感無量の一言。ローランの友人がいてくれて良かった……!!

 

 

……と、これ以上音楽周りに触れようものなら知識の無さがますます露見しそうなので一旦ストップ、最後に一つ載せておきたいのがこちらの投稿だ。

 

 

ポニーテールについての話はさておくとして、問題は「過ぎし日を裏切る者 奴等は駆逐すべき敵だ あの日 どんな顔で瞳で 俺たちを見つめていた」というこの歌詞。 

上述の通り、この歌詞の部分がお気に入りの身としてはそれはもう何度も聴いていたのだけれど、少し気がかりだったのはこの「過ぎし日を裏切る」という部分。巨人たちのことを歌っているのだろうけれど、穏やかだった過去を破壊した、というには「裏切る」という言葉はミスマッチじゃないか――と、そこまで思っていたにも関わらず、幸か不幸か、自分はこれっぽっちも「その可能性」を考えていなかったのである。

 

 

「ライナー事変」について ~Season 2~

 

ここまで作品を見てくると、必然「好きなキャラ」が生まれてくるもの。主人公格の3人や、個人的な癖に刺さり過ぎてしまうサシャ&ハンジを除くと、自分が特に注目していたのが (よりによって) ライナーだった。

 

 

頼れる兄貴然としたポジションながらどこか小物っぽさがあったり、クリスタが相手になると段階をすっ飛ばして「結婚したい」と言い始めたりといったヘンな親しみやすさもあり、それがその強面といいギャップになっているライナー。 

この気持ちはアルミン・ジャン・ライナーVS女型の巨人戦 (この対戦カードの熱さよ!) 時点で既にハッキリしていて、ライナーが潰された瞬間にさっと血の気が引いたのをよく覚えているし、だからこそ『心臓を捧げよ!』のサビ直前、メインキャラクターの横並びからライナーがハブられているのは「ちょっと酷いぞ!?」と思ってしまった。当時の自分は、彼がこの並びからハブられているのは「当初はモブの予定だったけど、読者の人気が高く作者も愛着が湧いてしまったためレギュラー入りを果たした」ポジションだからかと思っていたのだ。   

……などと思いつつ、巨人に噛まれたライナーのことを案じていた第31話『戦士』で「それ」は起こった。

 

 

 

文字通りの「聞き間違い」だと思った。信じる信じない以前に、あまりにさらりと、ハンジたちの会話に被せてBGMのように流されるものだから「言葉通りの意味じゃないだろう、何か聞き逃したかな?」と思ってしまったのだ。  

だって「鎧の巨人と超大型巨人の正体を、相手の方から、さも当たり前のように話してくる」だなんて、そんなの意味が分からないでしょうよ――と、そんな状況でお出しされた「当のライナーが精神的に追い詰められており、本当に錯乱していた (当人にとっても “意味が分からない” 状態だった) 」という情報に身体の芯から震え上がってしまった。そんなことを言われたら憎むものも憎めないし、エレンの「裏切り者ォ!!」という絶叫が殊更に辛くなってしまう……! 

常々「予想を裏切ってくる」作品だと思っていたし、Season 2と言えば「ユミル」の名前が明かされるシチュエーションにも凄まじい巧さがあった (有識者のおかげで事前に『イルゼの手帳』に触れられていたのだけれど、ユミルの名前については「自分がどこかで聞き逃しているんだろう」とばかり思っていたので、いざ明かされた瞬間は「どういうこと!?」と、良い意味でひどく困惑してしまった) 『進撃』だけれど、このライナー事変はそれ以上に衝撃的なもの。これまでの積み重ねは勿論、何よりその前代未聞の演出から (個人的なショックのデかさを差し引いても) この一連は『進撃』の魅力を語る上で欠かせない一幕となっているのではないだろうか。

 

 

何も失わない選択 ~Season 3 前半~

 

問題の「ライナー事変」以外にも、「エレンたちでなくコニーたち別動隊を主役に据えることで、否応なしに高まるスリル」や「提示される無数の謎」「エレンに目覚めた “座標” の力」と、1クールとは思えない激動ぶりで大きな盛り上がりを見せてくれたSeason2。これらを受けて、Season3前半では謎の回収――と同時に、敵として立ちはだかる人間や堕落した王政、レイス家の真実等、これまで信じていたものが崩れ去っていく様が次々と描かれた。中でも大きなトピックだったのが「エレンに与えられた力の正体」だろう。

 

革命の夜に

革命の夜に

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(Revo氏が製作された「自分流のSeason3前期OP主題歌」である『革命の夜に』。歌詞は勿論、他のOPよりもハード路線なテイストがSeason3前半の雰囲気と親和性抜群で、個人的には本家よりもこちらが好み。それはそれとして、OP主題歌を依頼されてないのに自分で作ってしまうアーティスト、何者!?)

 

レイス家に継承されていった「無垢の巨人を従える能力」=始祖の巨人の力。それは王族のみが使えるものであり、エレンの父=グリシャがそれを奪い取り、エレンに継承したことでその能力=人類の希望は事実上消滅してしまった――。 

目の前でハンネスを喪うという絶望の中、エレンに発現した力だけが唯一の「救い」だったSeason2最終回から一転、エレンがその力を持っていることが「過ち」になってしまうという残酷な仕打ちもさることながら、何より胸を抉るのはエレンの涙。Season2最終回での「あの時から何も変わっていない」という慟哭から更に悪化した「自分なんか要らない」という絶望は (梶裕貴さんの真に迫る演技も相まって) 作品序盤に感じたものとは全く異なるベクトルで「見ていられない」ものがあった。 

……しかし、この深い絶望があったからこそ、そんなエレンを皆が救い出すシーンはいつ見ても涙せずにはいられない。

 

「もういい、ヒストリア! レイス家が巨人になったんなら、俺がこのまま喰われちまえばいい! お前は逃げろ!」
「イヤだ!」
「だから何で!?」
「私は人類の敵だけど、エレンの味方!」
「……!」
「良い子にもなれないし、神様にもなりたくない。でも、“自分なんか要らない” なんて言って泣いてる人がいたら “そんなことないよ”って伝えに行きたい! それが誰だって、どこにいたって、私が必ず助けに行く!」 

 (中略) 

「ごめん、皆……!俺は、役立たずだったんだ……そもそも、ずっと最初から “人類の希望” なんかじゃなかった……」
「……」
「鎧……?」
「何だ、悲劇の英雄気分か?」
「!?」
「テメェ、一回だって自分の力一つで何とかできた事あったかよ」
「弱気だな。初めてってワケじゃねぇだろ、こんなの」
「別に慣れたかねーんですけどね!」
「ま、あの中跳ぶのは流石に厳しいけど!」
「私がエレンを!」
「多分気ィ遣ってる余裕ねェから、死ぬ気で掴まってろ!」
「うん」
「無理だ、もう逃げられない……!」
「じゃあ何もせずに、皆で仲良く潰れるか、焼け死ぬのを待つの!? 私たちが、人類の敵だから!?」
「……!」
「毎度、お前にばかりすまなく思うが……エレン、“好きな方を選べ” 」
『……進みます!!』
「くっ……! うわああぁぁぁッ!!」
「エレン!?」
(ごめんなさい! 最後に、一度だけ許してほしい! 自分を信じることを――!!)

-「進撃の巨人」 第45話『オルブド区外壁』より

 

ユミルから受け継いだ想いでエレンを支えるヒストリア、軽口を叩いているようで、その実誰よりストレートに「お前は俺たちの仲間だろ」と言っているジャン、そして、「悔いが残らない方」ではなく「好きな方」を選べという言い回しに想いを感じるリヴァイ……。そう、「あの時」と違い、今のエレンにはたくさんの仲間がいる。「自分なんか要らない」と言うけれど、彼らはエレンの力ではなく「エレン・イェーガー」という個人を必要としている。誰に何を背負わされていようと、エレンは決してひとりぼっちではないのだ。  

前述のように、『進撃』はその根底にある種の諦観・リアリズムが感じられ、それ故に「ファンタジー作品ながら、深い感情移入をさせてくれる」作品だった。そんな本作でこうも暖かいシーンが見れるとは思ってもみなかったし、長らく形になっていなかったエレンの硬質化能力が「皆を守りたい」という想いで初めて覚醒する様には思わず声を漏らしてしまった。それは、本作において初めて描かれた「何も失わない選択」であり、人間一人の選択では世界は変えられないという残酷な摂理に風穴を空ける「希望」の嚆矢に思えたからだ。

 

暁の鎮魂歌

暁の鎮魂歌

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「予想を裏切る作品」から「期待を越えてくれる作品」へ ~Season 3 後半~

 

「エレンの力の正体」という大きな謎がひとまず明かされ、人類側の憂いも断たれた……という万全の状況で遂に始まる「シガンシナ区奪還戦」。ただでさえ盛り上がるこの展開を更に熱く彩ってくれたのが、Season3の後期OP主題歌『憧憬と屍の道』だ。  

『紅蓮の弓矢』のセルフオマージュになっているOP映像、「デッドヒート」という言葉が相応しいハードロック、歴代のLinked Horizon進撃主題歌でも頭一つ抜けた熱量のサビ、これがエルヴィンのキャラソンでなくて何なのかという歌詞――と注目ポイントは多々あれど、自分が特にグッと来たのは『弓矢が駆け抜けた軌跡 翼を散らして 心臓を束ねても 鎮魂歌には早過ぎる』という最後の歌詞!これまでもセルフオマージュ・引用が多かったLinked Horizon産主題歌の集大成としてこれ以上ない一節と言えるだろう。

 

憧憬と屍の道

憧憬と屍の道

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(ジャケットがあまりにも「シガンシナ区の例の場所に辿り着いた鎖地平団のRevo」過ぎて笑ってしまう)

 

こうして、始まった瞬間から既に凄まじい盛り上がりだったSeason3後半。とはいえ、こちらの予想を捩じ伏せる作風が『進撃』の味であり、事実、第49話『奪還作戦の夜』での特殊EDはそれはそれは不安極まる代物だった。荒廃したシガンシナ区で衝突するエレン、ミカサ、リヴァイ、これを「勝った側」と思えという方が無理だって……!

 

 

結果、ここまでのお膳立てがあっても尚「奪還失敗」のルートが十分に考えられたし、戦闘開始時、シガンシナ区を取り囲む形で獣の巨人たちが現れた時は「あっこれは無理だわ」と視聴者ながらに敗戦を覚悟している自分がいた。……が、そんな絶望ムードに反し、シガンシナ区奪還戦の対戦カードは「第104期生チームVSライナー」「リヴァイVS獣の巨人」と、否応なしに「アガる」ものばかり。ライナー戦でのハンジ復活 (「いいや、よくやった!」の台詞と共に最高のタイミングで復活するハンジさん、過去一カッコ良かった……!) にも、獣の巨人を一瞬で斬り伏せるリヴァイにも、そこに至るエルヴィンとの物語にも情緒がおかしくなりそうだったし、いずれも「ここまで進撃を見てきて良かった」と心から思えるものだった。

しかし、ともすればそれら以上に自分のツボを抉ったのが第54話『勇者』で描かれた宿命の対決=「エレン・アルミンVSベルトルト」!

 

 

正直なところ、自分がこれまで『進撃』を見ている中である意味一番警戒していたのがアルミンの存在だった。 

アルミンは優れた知性と先見性を武器に何度も窮地を突破してきた「参謀役」であるけれど、彼の最大の武器とはむしろ「何かを得るために何かを捨てられる」という決断力。エレンたちが抗う世界の摂理を、アルミンはエルヴィンのように「受け入れ、その上での最善を選ぶ」ことができる者=強い心を持った者だったのだ。 

しかし、それは一歩間違えれば「目的のためには手段を選ばない」ということでもある。そんな危うさはSeason2の「ベルトルトに “アニが拷問されている” という嘘をついて隙を作る」姿に顕著だったし、彼が「大切なもの」を捨ててしまったようでゾッとするものがあった。この先、彼は何を守るために、何を捨ててしまうのだろうと、ともすれば、正義のためにエレンたちを切り捨てることさえあるのでは――と。

 

 

一方、そんなアルミンと相対するのが、全ての始まりと呼べる超大型巨人=ベルトルト。第104期生の中でも特に無口で、そのため自分も彼を注視してはいなかったのだけれど、罪悪感に耐えきれず精神を分離させたライナーや、Season2のラストを見て彼への印象は大きく変わっていった。というのも、彼はライナーのように自身の罪から逃避せず、しかし受け入れることもできなかった結果、エレンたちの前で遠慮なく「仲間」として振る舞うことができず、その結果として口数が少なくなっていたのでは……と思えてしまったのだ。 

 

「だっ……誰が! 人なんか殺したいと……思うんだぁッ!!」
「……!」
「誰が好きでこんなこと……こんなことをしたいと思うんだよ!人から恨まれて、殺されても当然のことをした。取り返しの付かないことを……。でも、僕らは罪を受け入れきれなかった。兵士を演じてる間だけは、少しだけ……楽だった。嘘じゃないんだ! コニー、ジャン! 確かに皆騙したけど、全てが嘘じゃない! 本当に仲間だと思ってたよ!……僕らに、謝る資格なんてある訳ない。けど、誰かお願いだ……。誰か、僕らを見付けてくれ……!」

-「進撃の巨人」 第36話『突撃』より

 

戦士としての使命と、エレンたちを好ましく思う友情。そのどちらも本物だからこそ、板挟みの中で苦しむ心を誰にも理解して貰えない孤独……。「強い心を持つが故に、現実の残酷さに誰より向き合ってしまう」という意味では、ベルトルトとアルミンはある意味似た者同士。そんな2人がシガンシナ区で雌雄を決する流れには大きな納得があったけれど、気になるのは「圧倒的な力を持つベルトルトに、アルミンが何を持って挑むのか」ということ。目的の為には何かを捨てることを躊躇わないアルミンが、今度は一体何を捨ててしまうのか――と。 

この時点では、自分はアルミンが捨てようとしているものに全く気が付いていなかった。いや、正しくは「アルミンはレギュラーだから大丈夫だろう」と、それを察してはいても頭から追い出していたのかもしれない。

 

『アルミン、それが君の最期か? 君がその知恵を絞ってようやくできる抵抗は、そうやって炙られ続けることなのか!?』
「息が……! これ以上はもう……いいや、まだだッ! この程度じゃ足りない! もっと時間を稼ぐんだッ……!!」
『一体何がしたい!? 陽動か? エレンならまだあそこでくたびれたままだぞ! ミカサたちも、あっちでライナーに手一杯! 本当に何もないのか? 本当に、これでおしまいなら……分かったよ、今楽にしてやる』
「うわぁッ!! ……耐えろ、まだ離すな……!エレンに託すんだ、僕の夢、命、全て! 僕が捨てられるものなんて、これしかないんだ……!きっと、エレンなら海に辿り着く! 海を、見てくれる――!!」

-「進撃の巨人」 第54話『勇者』より

 

そう、ここでアルミンが捨てようとしていたのは自らの全て=身体と命、そして夢。無惨に焼け焦げていくアルミンの姿に「自分はアルミンの何を見ていたんだ」と、どうしようもない罪悪感と悪寒を感じながらも、気がかりだったのはその命を懸けた時間稼ぎの「目的」。 

――それは、アルミンが吹き飛ばされ、一帯が静まり返ったその一刹那のことだった。

 

「終わった……。さあ、次はエレンと馬を……ん? これは…… “硬質化” ……? ッ!?」
「――獲った!!」

-「進撃の巨人」 第54話『勇者』より

 

そう、硬質化で作った案山子を囮に飛び上がり、鮮やかに超大型巨人を討ち取ったのは「人間態の」エレン。そう、作品の顔とも言えた「超大型巨人に斬りかかるエレン」という構図が第5話以来に実現しただけでなく、(言ってしまえば「借り物」に過ぎない) 巨人の力ではなく、アルミンとエレンの「2人の力」で超大型巨人に勝利するという、自分が見てきたあらゆる作品の中でも指折りにアツい、最高の「回収」を見せてくれたのである。  

これまでも『進撃』は何度も「予想外」を見せてくれたけれど、それらは往々にして「予想を裏切る」と表現すべきもの=面白さとは別に、どうしても暗い気持ちにさせられるものだった。しかし、この「始まりの場所で、人間態のエレンが、アルミンと共に、始まりの宿敵を討ち取る」というシチュエーションは全くの別物。全てが完璧以上、想像を絶する破格の熱量に満ちたそれは、予想を裏切るというよりも「期待を越える」ものであり、この瞬間、自分はようやく『進撃の巨人』という作品が心から「大好き」になれたように思う。 

(当時は、続く第55話『白夜』アバンでアルミンが息を吹き返したところで安心しきり、SNS上で「アルミンが生きてて良かったし、シガンシナ区奪還作戦編は本当に良かった……!」などと呑気に喋ってしまっていたのだけれど、この時はアルミンがあくまで「死にかけている」ことも、そこから更に過酷な「選択」が待っていることも、何一つ分かっていなかった)

 


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壁の向こう側へ

 

こうしてシガンシナ区の奪還を成し遂げ、常軌を逸した破格の盛り上がりを見せてくれた『進撃』。しかし、そんなこれまでの盛り上がりはあくまで「序章」に過ぎなかったのかもしれない。あるいは、このシガンシナ区奪還作戦こそが『進撃の巨人』で素直に盛り上がれる「最後」のシナリオだったのかもしれない――と、そんな嫌な予感に今も奥歯を噛み締めている。

 

 

エレンたちは、初めて巨人の力を手に入れた人間=ユミル・フリッツの子孫であるエルディア人、通称「ユミルの民」であり、誰もが巨人の力を秘める「悪魔の末裔」として、世界から排除される運命にあるのだという。 

エルディア人とマーレ人の因縁は、マーレの歴史では「世界を支配しようと民族浄化を行ったエルディアの民を、マーレが大陸から追い出した」ものとされているが、グリシャは調査の結果「マーレが歴史を改竄した」という結論に行き着いた。しかし、その肝心な根拠は「ユミルを信じているから」という曖昧なものであるし、真偽はどうあれ、双方の憎み合いはそんな「過去の事実」如何ではどうにもならない所まで来てしまっている。  

マーレにとって、ユミルの民は「かつて人類を支配しようとした悪魔の末裔」である以上に「いつ自分達に牙を剥くか分からない脅威」であり、エレンたちにとってマーレは「家族や仲間を殺した仇」。こんな状況下で、無血で争いを終わらせることが果たしてできるのだろうか。 

……正直、この『進撃の巨人』でそんなことが起こるとは思えない。一番恐ろしいのは、本作のタイトルを最悪の形で回収してしまうこと=エレンたちの方が、かつて自分達がされたことをマーレ側に行ってしまい、エレンたち自身が紛れもない「悪魔」になってしまうこと。せめてその最後の一線だけは踏み越えませんように……という、この望みさえももはや贅沢な話なのかもしれない。

 

美しき残酷な世界

美しき残酷な世界

 

アニメ『進撃の巨人』は全100話で、残り話数はなんと41話。その中で一体何が起こってしまうのか、エレンたちは全員無事で生き残れるのか、そもそも、誰か一人でも無事に生き残ってくれるのか、この世界に平和は訪れるのか……。 

何はともあれ、自分にできるのは「ネタバレを踏む前に一刻も早くこの先を見届ける」ことだけ。どんな展開が待っていても折れないよう、心を強く持って本作の後半=『The Final Season』に進んでいきたい。