感想『蒼穹のファフナー THE BEYOND 最終章』さよなら 蒼き日々よ。“ファフナー” そのものを越えていく至高の完結編


蒼穹のファフナー』との出会いは8年前、2013年。劇場版こと『HEAVEN AND EARTH』とTV2期『EXODUS』の間に当たる時期。
主題歌『Shangri-La』を使った動画を見たのが先か、友人からオススメして貰ったのが先かは覚えていないけれど、少なくとも、その時はよもや未来の自分が劇場で『ファフナー』に10回も泣かされることになるなどとは思ってなかったと思う。

 

そんなファフナーシリーズの完結編『蒼穹のファフナー THE BEYOND』本当に……本当に最高の完結編でした……!!!! 

ただ、少しでもその具体的な内容を語ろうものなら当然の如くネタバレの嵐。だけどこの気持ちを語らずにいられますか、僕は無理です。

 

という訳で、ここから先は『蒼穹のファフナー』シリーズのネタバレ全開で送る、しがないファフナーオタクの『THE BEYOND』4章の感想(遺言)になります。ご注意を!!!!

 

 

 

※下記、ネタバレ注意!!※

 

 


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(操が島に根付いたことを踏まえると)最終章にして、敵味方問わず唯一いなくなるのがショコラ。しかもその最期が『天寿を全うする』……こんな素敵な“終わり”あります……?

 


島を取り戻して平和が訪れる。それだけでも十二分に“完結”と言えたかもしれない『THE BEYOND』だけれど、(特に最終章は)それ以上のものをこれでもかと見せてくれたというか、ファフナーでこれをやられたら終わり」というのを次から次へと見せられてしまった感がありました。

 

そもそも「あ、これ本当にファフナー終わるかもしれん……」と思ったのが『THE BEYOND』9話。


誰もが声を上げたであろうタイトル『第二次L計画』。怯えるファンに叩き込まれる零央と美三香の「海中での」絶体絶命の窮地。遂には同化現象の末期症状にフェンリル起動、手を伸ばし合う愛する2人……って待て待て待って死亡フラグ全部乗せじゃん!?!?!?!?もうやめてよ!?!?!?!?!?!?!? 

あらゆるシチュエーションが『RIGHT OF LEFT』のトラウマをガンガン打ち鳴らしてくるものどころか、『蒼穹のファフナーにおける死亡フラグ全部乗せ』とかいう暴虐の限りを尽くす公式。

 

を、木っ端微塵にする子総士とマークニヒト。


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真壁一騎にできて、僕にできないなんてことが……あるもんかぁぁーーーっ!!」

 

死亡フラグ全部乗せに加えて、少し前にマークアレスが大舞台を作っていただけに、この局面での総士/ニヒト覚醒は全くの予想外で、彼が零央と美三香を見事救ってみせる姿は文字通りのフラグブレイカー。 

ここで子総士の使命が「ファフナーシリーズそのものを越える」ということであり、それこそが『THE BEYOND』の導く未来=シリーズの完結だと示されたことには、「もう終わってくれ……彼らをそっとしておいてくれ……」と祈ってきたシリーズファンでもたじろぐしかなくて、いざ”完結”が予告された際には、期待とも不安とも、寂しさとも違う言いようのない気持ちがありましたね……。


とはいえ、思えば本作が「完結編」になる伏線は山ほどあった。

例えば『THE BEYOND』4話での「総士が島の皆から全てを教わっていく」という展開は、まさにTV1期で全てが総士から始まったことと対になる構造。 

総士が一騎に導かれて島を出ることも、OP映像で島へ落ちていくマークニヒトも、何もかもがTV11期の逆オマージュ。「循環」が一つのコンセプトであろうファフナーにおいて、露骨な1期の逆オマージュはつまり全てが終わり新たな世界が始まる布石に他ならなかった訳で……。
(BGMの選出も心なしか1期を意識していた印象がある)

 

 

で、そんな匂わせに匂わせた「完結編」ぶりが爆発したのが今回の最終章(4章)。 

一つ一つのシーンについてあれこれ話したいのは山々なのだけれど、そんなことをしようものなら文量がえげつないことになってしまうので、10話、11話、12話から、特に涙腺を木っ端微塵にされたシーンだけ抜粋したいと思います。

 

叫べ

叫べ

 

 

◇10話:竜宮島、帰還 

風を感じる史彦。→なんだ……?
「大気になったミール~」→まさか……
『TATSUMIYA』→あああああぁぁぁぁぁァァァァァァーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

「竜宮島の方も自分達に会いに来た」と呟く史彦の何とも言えない表情、一体どれだけ感極まっていたのだろうと……。島のコアは勿論、島の大気(ミール)も、つまり竜宮島そのものもアルヴィスの面々を支えてくれた仲間だったんだと改めて思い知り、まずここでボロボロに泣いてしまいました。


『HEAVEN AND EARTH』の甲洋や『EXODUS』での操など、土壇場でのサプライズ救援に定評のあるファフナーですけど、最後の最後での救援が「竜宮島」って本当に最高級の文脈じゃないですか……。

史彦は千鶴を失ってしまったけど、それでも史彦は皆に支えられ、島に愛されている。そのことを示す意味でも、本作には(後の溝口とのやり取り含めて)史彦への最高の「ありがとう」が詰まっていて、こちらもボロ泣きどころでした。

 

君を許すように

君を許すように

 

 

◇10話:「おかえり」 

 竜宮島と共に復活した芹。登場することは分かっていたけれど、もう彼女の声を聞くだけで胸が詰まってしまったし、剣司の「識別コード、マークツヴォルフ……!お前なのか、立上」からの「おかえり」で駄目でした。


『EXODUS』での甲洋の「確かに助けたぞ、一騎」もそうでしたけど、こういう時の台詞と演技がファフナーは本当に抜群で、芹は姿こそ少し変わっていたけれど、その声音と笑顔での「おかえり」だけで「本当にあの芹なんだ……!」と分からせてくれて、心から安心して涙することができました。ここで新EDに繋ぐの本っ当にズルい……!

 

そして11話では、芹があくまで「普通の人間」のままであることがケイオス(ミツヒロ)の口から明かされますが、それにしてはブリュンヒルデシステム(ノルン)との連携もあって圧倒的なマークツヴォルフ。島のコアとの深い絆が彼女の力になっているというのは説得力も抜群で、数年ぶりの芹の復活をどこまでも華々しいものにしてくれていました。彼女を守り、ここまで繋いでくれたであろう織姫ちゃん、そして仲西環さん、本当にありがとうございました……。

 

ホライズン

ホライズン

 

 

◇11話:総士VS一騎 

「僕に付いてこれるか、真壁一騎!」
「――ああ、行こう、総士!」

……なんて掛け合いを妄想していたから、あの展開にはもうびっくりでしたよね!!一騎と子総士のザルヴァートル同士での本気バトルが見れるだなんて思ってなかった……!!

 

タイトルの『英雄、二人』というのは勿論『EXODUS』の『英雄二人』から来ているのだろうけど、英雄二人が並び立つ『英雄二人』ではなく、二人の英雄が相対するからこその『英雄、二人』だったのかな、と思ったり。 

そして『英雄二人』と来れば欠かせないのが挿入歌。『EXODUS』の『その時、蒼穹へ』はシチュエーションとのシンクロも相まって大好きなファフナーソングで、今回はそれを越えてくれるのか……と高すぎるハードルになっていた感がありました。

その時、蒼穹へ

その時、蒼穹へ

 

かくして11話、使われたのは披露したての新ED『今を、生きる為に』!

総士が遂に一騎を越えるべく戦う、というまさにシリーズ終幕に相応しい文脈。その教えを口にしながら、二刀流+瞬間移動という師匠=零央の戦闘スタイルでアレスに挑むニヒト。そして極め付けは、サビのシーンで挟まれる一騎と総士の思い出たち……!

 

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総士が一騎にとって息子のような存在(大人総士の生まれ変わり、あるいは忘れ形見のように見ていた印象)だったところ、この戦いでは子総士が一騎と競った末にその上を行き、その瞬間に一騎の脳内で走馬灯のようにこれまでの記憶が甦る。これはきっと、一騎の中でようやく「あの皆城総士は、もういない」と分かった瞬間なんだろうと。

 

筆者も『THE BEYOND』中盤辺りから「総士はあの総士じゃない」ということを受け入れられるようになってはいたけれど、ここでようやく「今の彼は、もう一騎と共に在る存在ではない」のだと思い知らされた感があります、 

子どもが親を越えることで真に独立するように、常に一騎と共に在り、並び立っていた総士はもういない。今ここにいる総士は、自分という存在を越えてもっと高く飛翔していく新しい命。それを(一騎、加えて視聴者が)理解したことで「こちら側」に残っていた総士が本当に旅立ってしまって、だからこそ最後の走馬灯としてこれまでの情景が浮かんだのだろうか。

 

その上で、再び響く大人総士の『未来へ導け、一騎』という言葉。それは、総士の親代わりとしてその成長を導くのではなく、対峙する個人として彼を支え、その願いが未来へ辿り着くよう導いてくれ、という意味だったのだと。

 

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それら全てを一騎が悟った瞬間、喉元に突き付けられるニヒトのルガーランス。それは大人総士との真の別れであり、子総士がもう一度生まれた瞬間。そして「最強の軍神」真壁一騎を越える者が遂に現れた=一騎が、ようやくその戦いの運命から解放された瞬間。挿入歌がEDテーマなのは「17年に渡る一騎の戦いの物語がここで終わったから」なのかもしれません。 

ただし、役割を終えた一騎がそのまま一緒に戦おう、などとヒロイックな台詞を言うはずもなく「俺の命をお前にやる」などと言い出す始末。遂に一騎もいなくなる時が来てしまったか……と思いきや、そこで子総士は「あんたたちは、そうやって誰かを犠牲にすることしか知らないんだ!」と彼を拒絶。自分自身の力で、犠牲を出すことなく美羽や世界の運命を変えてみせると豪語する総士の姿は、確かに一騎、そしてかつての総士を越えているものでした。


でも、そんな一騎たちの諦観は我々視聴者も同じなんですよね。 

「『ファフナー』はそういう作品だから」と誰かが死ぬことを当たり前だと思って、覚悟という我慢で散っていく彼らを諦めて、心のどこかでその運命を受け入れていたと。竜宮島の面々は、平和という文化や人々の絆、ファフナーという戦う力以外にも「諦念」という負の遺産をも蓄積していた訳で、美羽のような新世代のパイロットであっても、その呪いは継承してしまっていた(美羽は「弓子やエメリーから言われた方法しか知らなかった」せいでそれ以外の方法を考えもしていなかった)。 

だからこそ、そんな呪いを越えられるのは島で生まれつつも島で育っておらず、人間でもありフェストゥムでもあり、どんな犠牲をも拒むことができる、そんな新たな存在=子総士だけだったんだなと。

 

Separation[pf]

Separation[pf]

 

 

◇12話:一騎の居場所 

美羽の祝福(これも語りたいトピックなのですが、如何せんまだまだ理解が追い付いていないので一旦お預け……!)によって戦いが終結、竜宮島に戻り「ただいま」を告げるアルヴィスの面々。舞を出迎える広登のポスター、保を待っていた小楯家の写真……といったそれぞれの「おかえり」も描かれつつ、真壁家では一騎と史彦のやり取りが描かれる。

 

戦いを終え久々に真壁家に集った史彦と一騎。どこか寂しそうに「また、どこかへ行くのか」と訊ねる史彦に「この島が、俺の居場所だ」と迷いなく答える一騎。これだけでもう号泣でした。


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TV1期最終回では同化現象の末期症状手前で帰還。『HEAVEN AND EARTH』では総士共々無事に戻ったものの、続く『EXODUS』終盤では人間を捨てることになり、更に『THE BEYOND』では戦いが終わる度に眠りに就くことになったりと、戦いの度にどんどん遠くへ行ってしまった一騎。自分に先がないことは一騎も自覚があったのか、10話でも「自分より強くなってみせる」という子総士に「役目を終えたら、俺の命をお前にやる」と言う場面がある。 

そんな一騎を一番側で見守っていたものの、アルヴィスの司令官として止めることができなかったのが史彦という人物で、だからこそ戦いが終わり、(おそらくアルタイルの影響で)回復した一騎には島で穏やかに暮らして欲しいと言いたかったのだろうけど、そこで史彦は彼に何も言えない。彼を軍神としての役割に縛り付けてしまっていたのもまた自分だという罪悪感から、一騎に「訊く」ことしかできなかったのだろうか。

 

確かにこの後一騎は島を離れることになるのだけれど、その前に、あくまで一騎は「この島が自分の居場所」だと伝える(ここの声色が少し昔の一騎っぽくて泣けてしまう……)。 

この島で生まれて良かったと、父さんの息子で良かったと、色々な気持ちがこのシーンに凝縮されているようで本当に嬉しいし、総士が一騎を戦いの定めから解放し、その一騎が今度は史彦を「不甲斐ない父親だった」という自責の念から解放するという、最後の最後で起こる美しい連鎖、これもまた『ファフナー』の最終章らしくてグッと来ます。

 

Separation

Separation

 

 

◇12話:甲洋とショコラ 

そんな「ただいま」の締め括りを担うのがショコラだと、一体誰が予想できただろうか……。

 

甲洋にとって「ただいま」を告げる場所が翔子とカノンのお墓というのは勿論、あの甲洋がこうして最後まで生き残り、羽佐間家の墓参りをできているという事実がどこまでも感無量で……。 

TV1期で人間からスレイブ型のフェストゥムとなり、『HEAVEN AND EARTH』でマークフィアーのコアとなり、『EXODUS』ではカノンの遺志を継ぐかのようにエレメントとして帰還し、『THE BEYOND』では遂に最初から最後まで戦い抜いた甲洋。『ファフナー』作中どころかあらゆるロボットアニメにおいても希に見るレベルの激動を越えての彼の生存は、とりわけ感慨深いものがあります。


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一方、そんな甲洋がいない間もずっと、文字通り最初から最後まで皆の戦いを見守ってきた、大切な「1期組」の一員が他ならぬショコラ。 

最終章では総士の誕生日を祝ったり、剣司に「お前もすっかりお爺ちゃんだな」と言われるなど目立っていたけれど、それが許される名犬なのがショコラ。だからこそ、まさかそれが別れへの布石だなんて思うはずもなく。

 

甲洋と共に夕焼けを眺める中、不意に大人しくなるショコラ。何かを感じた甲洋が振り向くと、そこには翔子、カノン、そして2人の間に座るショコラの姿。甲洋はその死を悲しみつつも、嬉しそうに微笑む……。 

そう、多分このシーンがファフナー』において、誰かが誰かの死を笑顔で祝福した初めてのシーンなんですよね。

 

ショコラの死はおそらく「天寿を全うした」もの。フェストゥムに殺されたり、人間に殺されたり、同化現象の末期症状を迎えたり……数えきれないほどの人々がいなくなったファフナーにおいて、ショコラのように「天寿を全うした」命は誰一人いなかった訳で。 

ショコラという最初期からいる大切な存在が、竜宮島という故郷で、甲洋に看取られながら、その天寿を全うして安らかに逝き、翔子・カノンと共に天へ旅立っていく。こんなに美しい「”命の物語としてのファフナー” の終わり」が観れるだなんて思わなかったし、最後の最後で描かれる死がこんなにも素敵で暖かいものだということには、『ファフナー』という作品の「命」に対する心からの敬意を感じました。 

魂を震わせる「死」を描くにあたって、ファフナーを越える作品は有り得ないなと改めて痛感し、羽佐間家の安らかな眠りを祈るばかりです。ありがとう、ショコラ……。

 

さよならの時くらい微笑んで

さよならの時くらい微笑んで

 


◇12話:灯籠流し 

ファフナー』と言えば灯籠流し。本編中で描かれたものとしては『EXODUS』17話以来になるんでしょうか(『THE BEYOND』2話でも似た催しが行われていましたね)。 

『EXODUS』と『THE BEYOND』の間に海神島でも近いことは行われていたのか、それとも、あくまで竜宮島で灯籠を流すために敢えて行っていなかったのか。そこは分かりませんが、視聴者の知る範囲としては、ここでようやく広登やカノン、暉たちといった「EXODUS後半で逝った仲間たちの灯籠が流された」んですよね……。これでようやく彼らの戦いも終わったのだと考えると、本当に感慨深いものがあります。

そして、その灯籠流しの中には「皆城総士」の名前も。その灯籠を作ったのが他ならぬ総士(子総士)で、流したのが一騎という事実は、アレスをニヒトが下した以上に「別れ」を痛切に感じさせられます。

 

アレスがニヒトに負けた時、一騎は宣言通り自分の命と力を子総士に渡そうとしてるんですよね。それは前述のように「自分を越える力を持つ者が現れた以上、自分の役割は終わる」と考えているからだろうけれど、もう一つ、安心して大人総士の元に向かいたいという気持ちもあったんじゃないかと。 

でも、総士の灯籠を流すとなれば話は違う。灯籠を流すことは、死者の魂をあるべき場所へと還すこと。それを見送って、自分が彼らの思いを背負って「生きていく」ことを誓う儀式でもある。一騎が「子総士に言われて」灯篭流しを承諾し、実際に行ったというのは、大人総士との別れを受け入れるというだけでなく、「心置きなく総士との再会を果たすために、命の使い道を探していた」一騎自身との別れとも思える訳で。 

それを強いる子総士の言葉を笑顔で受け入れた一騎。このやり取りがあったからこそ、彼は島を離れる決断を下せたのだろうと思うと、因果なものだと感じると同時に、こちらとしても本当に「皆城総士」との別れを実感するし、一人のキャラクターを1クール丸々使って弔ってくれた『THE BEYOND』という作品に、心からのお礼を言わずにはいられません。

 

暗夜航路

暗夜航路

 


◇12話:旅立つ一騎と真矢 

そうして「皆城総士」と別れを告げた一騎が選んだ道が「甲洋と共に島を出て、世界を見て回る」こと。これだけで泣いてしまったのは筆者だけではないはず。

 

思えば、一騎が初めて島を出たのはTV1期の中盤。「島の中の楽園しか知らなかった主人公が、遂に島の外の世界を知る」という重要な節目でこそあれ、その内実は「仲間の死や総士とのすれ違いで傷付いたところを狩谷由紀恵につけ込まれ、連れ出された」というもの。 

『EXODUS』においても一騎・総士がエメリーらの旅路に加わることは物語の大きなターニングポイントとなっていたが、そのきっかけは織姫に皆の危機を知らされたことだった。となると、一騎が本当に自分自身の意志で「島を出る」決断を下すのは恐らくこれが初めてなんですよね。

その上で、今回の彼の決断を見てみると、その動機は自分の居場所を探すことでも戦いに赴くことでもなく「世界を自分自身で見たいから」という純粋な想い。他ならぬ一騎がそれを願えること自体、『ファフナー』世界から戦いがなくなった何よりの証左であるし、ずっと戦いの渦中にあった一騎が、その宿命から解き放たれて前向きな理由で島を出ることができるようになったこと、もっと言うなら、その決断から彼の「生きていく意志」を感じられたことが、シリーズを見届けてきたファンとして嬉しくてたまらない……

 

が、それだけでは終わらないのがこの最終章。
あろうことか、一騎が真矢に「一緒に来るか」と手を差し伸べるのだ。 

あの一騎が。 

真矢に。 

「 一 緒 に 来 る か 」 と。

 

行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇl!!!!!!!遠見ぃぃぃぃぃぃぃぃいいッ!!!!!!!!!!!!

 

「私は、一騎くんと同じところには行けないから」

 

Whyyyyyyyyyyyyyyy!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!!?!!?!?!?!?

 

なんで…………どうして…………となってしまった自分は、まだまだ一騎と真矢についての理解が甘いのかもしれない。 

いや、実際よく分かってないのだ。
大概「よくわからん」ことの多いファフナーだけど、一騎と総士と真矢の関係は本当によく分からない。総士は真矢のことが好きなのだろうけど、一騎とはもはや恋人以上の関係に見えてしまうし、一騎は真矢のことを明らかに特別視しているけどそこから先が見えないし、真矢は一騎のことが好きなことこそ伝わるけど天才症候群の察しの良さのせいであらゆることを視聴者に先立って察しまくって「一騎くん……」といつも肝心なことを言わなかったりする。 

結果、この3人の関係は「よく分からんがめっっっちゃエモい……」というオタクにあるまじき貧弱なものになってしまう。語彙はそこにいますか……?

 

 

何故に..

何故に..

  • provided courtesy of iTunes

 

 

とはいえ、分からないなりに伝わるものはあるのが『ファフナー』。
ずっと一騎を想いながら、彼を救えず見ていることしかできなかった真矢が、戦いを終えて尚、一騎を縛りたくないと「島に留まって」という言葉を飲み込んでしまう健気さには胸が詰まってしまうし、健気であり続けた彼女にかけられた「一緒に来るか」という誘いは、それだけで彼女への最大の報いだったのだろうと。

 

しかし、真矢はその誘いを断り「島で待っているから、たまには戻ってきて」と一騎に笑顔を向ける。自分はまだまだ真矢と一騎について理解が足りていないし、真矢の言う「一騎くんと同じところ」が何を指すのか、「アルタイルの祝福を得た一騎の寿命はどうなっているのか」などその辺りの情報も分からないため、彼女がどんな想いでそう言ったのかは分からない。 

けれど、ようやく真矢も一騎も心からの笑顔で気持ちを伝え合えたこと、そして何より、「真矢が島を出る一騎を送り出すことを笑顔で選ぶ」というシチュエーションそのものが、それだけで彼ら2人と『ファフナー』という作品にとってはこの上ない祝福であろうし、一騎の旅立ちが真に決まったその瞬間に「あのイントロ」が流れ出すことも相まって、どうしようもなく「ありがとう」の気持ちで一杯になってしまった。

 

 

Shangri-La -THE BEYOND- 

Shangri-La ~THE BEYOND~

Shangri-La ~THE BEYOND~

 

皆が竜宮島に戻る際に『Sepalation[pf]』が流れ出すのはまさしく「最後」感があったし、ファフナーの〆といえばこれだよね、という安心感があった。 

だからこそ、その上で『Shangri-La』は完全な不意打ち。 

いや、流れたらいいなと当日ファフナーシリーズの主題歌をヘビロテしてはいたけど、「仮にも17年前の初代OP主題歌が、ましてやリニューアルされて物語の幕引きに使われる」だなんて、そんなオタクの妄想みたいな『最高』のシチュエーションが現実になるだなんて思わないじゃないですか!!!!!!!

 

劇場ではもう「リメイクされた『Shangri-La』がシリーズのエンディングを飾る」というエモの暴力に何も考えられず泣くばかりだったけれど、『Sepalation』ではなく『Shangri-La』がエンディングとして使われたのは、あくまでこれが「別れではなく、新しい始まり」であることを示す意味合いもあったんだろうな、と。 

Shangri-La -THE BEYOND-』が流れ出すのは、前述の一騎と真矢のやり取りの〆のタイミング。おそらく、この一騎と真矢のやり取りはある程度意図的にそのニュアンスがぼかされて、彼らの想いや未来を我々視聴者に委ねてくれた、という側面もあるのだと思う。 

ただし、そこで『Sepalation』ではなく『Shangri-La』が使われたということが、スタッフからのメッセージ=「一騎と真矢の物語は、ここで終わりなのではなく、ここから始まる」という示唆なんじゃないかと思えてならない。
(同じシーンで、2人の間を光が幾度も交差していく演出があるが、これも「これからも2人は巡り合い続ける」ことを意味しているんだろうなと)

 

ある種離別の象徴だった主題歌、それも『Shangri-La』に、最後の最後で「巡り合いを謳う祝福の歌」という役割を与えてくれたことは、この歌そのもの、そして楽曲を通してファフナーシリーズを支え続けてきたangelaのお2人への恩返しのようにも思えてくる。考えすぎと言われたらそれまでかもしれないけど、そういう可能性が捨てきれないほどに、ファフナーシリーズ、特にこの最終章には圧倒的な魂と愛が満ちていたのである。

 

Shangri-La

Shangri-La

 


◇12話:一騎と総士 

そんな『Shangri-La -THE BEYOND-』をバックに、島から旅立つマークフィアー=甲洋、そしてマークアレス=一騎。剣司らが涙ながらに2人を見送る中、子総士は一騎に“何か”を語りかける。 

どこかかつての総士を思わせる大人びた表情で、彼は旅立つ一騎に何を告げたのか。 

その内容に思いを馳せる間もなく、島から巣立っていく一騎と甲洋。同時に流れ出す“総士の”モノローグ。 

「全ての命は、誕生した瞬間に生存を選んでいる=祝福されている」という、敵も味方もなく、全ての生命を讃えるその言葉は、果たして“どちらの”総士の言葉だったのか。余韻と共に、『蒼穹のファフナー』は竜宮島から去り行くような視点を最期に幕を下ろす。

 

これまでに書き連ねてきた数々の「これが見たかった」を尚上回る、あまりに美しいラストシーン。そこに『ファフナー』との別れの寂しさと、総士たちへの祝福の想いと、作品を創ってくれた方々への感謝が入り交じってしまって、涙しながら、作品と、そこに魂を注いでくれた方々への「ありがとう」を胸で反芻するばかりでした。

 


 ○  ○  ○


 

字数が10000を越えました。   

けれど、それでも全く語り足りないほどに全編が祝福の塊だった『THE BEYOND』。もう物語の中で一騎たちを見ることはないのかもしれないけれど、まだまだ『蒼穹のファフナー』の「本当の終わり」は遠そうです。 

であれば、今は作中で総士たちが見せてくれた命の輝きを何度も噛み締めつつ、いつか来る「これから」をゆっくり待ちたいな、と。

 

一ファンとして、この作品の終わりを見届けられたこと、その上で、ここにいられることが心から幸せです。

 

本当にありがとう『蒼穹のファフナー』。

彼らが、どうかこれからずっと幸せで在り続けますように。