シーモちゃんが可哀想で可愛い!『ゴジラxコング 新たなる帝国』で “キュートアグレッション” を学ぼう

「キュートアグレッション」をご存知か。

 

急に何だと思われるかもしれないけれど、筆者の中では今「キュートアグレッション」がアツい。 

端的に言うと、キュートアグレッションとは「可哀想が可愛い」というあの感情のことで、心当たりがある方も多いのではないだろうか。説明不要の覇権コンテンツ『ちいかわ』や、名探偵ピカチュウ由来のミーム「しわしわピカチュウ」等々、キュートアグレッションとは私たちのごく身近に潜んでいる概念なのである。  

(厳密には感情の順番や定義が異なり「シャーデンフロイデ」の方が近いのだけれど、近年はこの「可哀想で可愛い」もキュートアグレッションという言葉の中に取り込まれているので、本記事では広義のキュートアグレッションとしてこの意味を用いる)

 

とはいえ、これでもまだピンと来ない一般性癖兄貴も少なくないだろう。しかし、そんな方でも一発でキュートアグレッションをご存知になって頂けるであろう素晴らしい映画が公開中だ。名を、ゴジラxコング 新たなる帝国』と言う。 

ゴジラシリーズとしての魅力、モンスターバースシリーズとしての立ち位置、ストーリー等々については有識者に任せるとして、早速この映画に潜むキュートアグレッションポイントを一緒に振り返っていこう。


 

痛みに悶えるコング先輩

 

本作の主人公とも言えるコング先輩。彼も実に可哀想で可愛いポイントが満載だったけれど、その口火を切ったのが冒頭の「虫歯に苦しむ」シーン。 

キャラクターに愛着を持たせる方法として「食べ物を美味しそうに食べるシーンを描く」という十八番があるけれど、アレと同じことが痛みにも言えるように思う。痛み、とりわけ虫歯のような、一般的で比較的共感しやすい痛みを使ってキャラクターに感情移入をさせる訳だ。実際、件の「虫歯に苦しみ、痛みのあまり地上に出てしまうコング先輩」にやたらと親しみが持てたのは自分だけではないだろうし、獲物を盗んだ小物をとっちめる気力さえ削がれてしまうコング先輩には何とも言えない愛嬌、いや哀愁がある。1キュートアグレッション。

 

 

ところで、本作中盤ではコングとゴジラ、人間で3ルートに話が分岐し、それぞれに合流したりパワーアップしたりしていくという激アツな展開が採用されていて、特にコング&スーコがアイリーンたちと合流した瞬間、つまり「ルート合流」の瞬間には脳内がドーパミン的な何かでビシャビシャの失禁状態だった。こういう展開がゴジラで見れるとは思わんでしょうよ……!! 

で、そんな3ルートの中でも特に驚かされたのがコングルート。これまでのシリーズでも何度か見られた「言葉を使わずに、表情や所作で物語を語る」という演出が本作、中でもコングルートにおいては非常に顕著で、コング・強制労働場にコング・打首のような妙にパワーのあるビジュアルや、虫歯をからかうスカーキングとのケンカに満ちる異様な人間臭さ、ゴリラと小猿のビジュアルで繰り広げられる「どこかで見たことある気がする」展開の数々は(様子のおかしさに笑ってもしまったけど、それ以上に)言葉を廃して物語を展開する為の創意工夫として素晴らしかったように思うし、コング先輩のたまらない漢気に当てられて「コング先輩」と仰ぎ始めたのは自分だけではないはずだ。

 

 

一方、そんなコング先輩はコングルート道中でそれはそれは散々な目に遭っていた。スカーキングの有刺鉄線ソード (猿の世界に突如現れた最悪治安武装、味わい深すぎる) で手を抉られたり、シーモの冷凍光線で凍傷を負ったり……。ポロポロになった彼をスーコが救うくだりはベタながらも燃えたし、ガントレットを装着して死の淵から超絶パワーアップを果たす展開には「ウォォーーー!!人間と怪獣のパワーが合わされば無敵だぜェェ~~~~ッッ!!!」と大歓声を上げたくなった (この辺はなんかもう酒に酔ったような気分だった) けれど、下手をすればそれを上回るくらい全身ボロボロで凍傷に喘ぐコング先輩の色気が凄まじかった。後の展開を思うと、可哀想なシーンに何かを掻き立てられるのは、その先「逆転」が感じられてワクワクするから、というのも少なくないかもしれない。 

……と思ったけれど、ゴジラを迎えに地上へ出たのに「テメェ覚悟はできてるってことで良いんだよなァーーーーーッッッ!!!!!!!!!」と全力でゴジラに襲われて「違うんだって!!待てって!!!!!!」とあたふたするコング先輩がバカ可愛いことに特に深い理由はないと思うので気のせいかも。

 

 

かわいそかわいい!シーモちゃん

 

ところで、今回の映画には「可哀想で可愛い」の申し子みたいな怪獣が登場していた。そう、今期覇権爆萌え (死語) デカむちヒロインことシーモちゃんだ。 

コングを先輩呼びしてしまうように、シーモはついつい「シーモちゃん」呼びをしてしまうくらい可愛かったのだけれど、シーモのデザインは何もそこまで可愛さに寄っている訳ではない。それがああも可愛く見えるのは、一つは「スカーキングに無理矢理従わされている」=直感的に善良な怪獣だと分かること。そしてもう一つが、スカーキングに奴隷として扱われ (鎖に繋がれているのは勿論、火の王国に対する “氷” という属性から奴隷なのだと一目で理解できる見せ方が秀逸だ) 尊厳を踏みにじられるシーモちゃんが目に見えて可哀想なこと。 

シーモちゃんが可哀想であれば可哀想であるほど、同時に、脳がそんなシーモちゃんの可哀想さを庇護欲やら何やらで「可愛さ」に変換してしまう。そうなったら最後、あのまるっとした体型も小さな瞳も途端に可愛く見えてくるし、オマケに首輪やら洗脳やらも「そう」見えてきてシーモちゃん沼まっしぐらだ。これぞまさにキュートアグレッションの典型例と言えるのではないだろうか。それはそれとしてシーモちゃん!!!!シーモちゃん可愛いよッッッ!!!!!!!最後にコングと仲良くなって大型犬みたいに撫でられてるところ可愛すぎて!!!!!!!!可愛すぎて狂う!!!!!!!!!サモエド!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 

とはいえ、脳に補正がかかりすぎて、ありもしない「かわいそかわいいシーモちゃん」を幻視し過ぎるのも観賞スタンスとしては問題だ。製作陣の中ではシーモちゃんではなくシーモ様やシーモ殿なのかもしれない。などと思っていたけれど、洗脳が解けて目をぱちくりさせる姿や、コング先輩に可愛がられる姿は間違いなく「シーモちゃん」だったし、後に知ったけど公式設定でシーモちゃんは「雌」らしい。馬鹿野郎!!!!!!!!!!!!!!!!(感謝)

 

(ちなみに、ゴジラシリーズのキュートアグレッションといえば欠かせないのが「モス虐」でお馴染みモスラだけれど、本作ではゴジラにワンパンをかまして黙らせたり、人間たちのボディーガードを務めたりと粋なサポート役に終始していたのでモス虐チャンスは無し。この辺りを待望していた方には、代わりに『ゴジラVSモスラ』や『モスラ (1996) 』がオススメだ。特に『モスラ2』では、ボス怪獣のダガーラが最強の要塞と最強の怪獣によってボッコボコのギッタギタにされるせいで可愛く見えてくるという生粋のキュートアグレッションも楽しめるぞ)

 

 

大型犬・ゴジラ

 

コング、シーモと来れば、最後に来るのはやはり我らが怪獣王・ゴジラだが、本作のゴジラはとにかくカッコ良さと可愛さが満載。予告を見ていなかったので、あまりにもオタクすぎる「青いバーニングゴジラ」の登場には劇場で大興奮だったし、そこからピンクの背鰭を持つゴジラ エヴォルヴVer.に進化するのは、さながら「VSとミレニアムが繋がった瞬間」のようで感無量……! 

賛否両論を呼んでいたコングとゴジラダッシュも、いざ見てみれば「ウオオォォォォ行けぇぇぇぇぇーーーーーーーッッッ!!!!!!!!」と叫びたくなるようなアツさと「あれっ自分今何見てるんだっけ!?!?まあいっか!!!!!!」というトリップ感が同時に来る脳内麻薬ドバドバのシチュエーションだったし、ドラゴンボールばりの無重力バトルも併せての「未知のゴジラ映画」感がたまらなかった。こんなハチャメチャで熱いゴジラ映画が見られるなんて (良い意味で) 思ってもみなかったッ!! 


f:id:kogalent:20240503192648j:image

引用:『ゴジラxコング 新たなる帝国』日本版予告<4月26日公開> - YouTube

 

そんなゴジラの本作での立ち位置は「バトルの時だけを目を覚ます人間の味方 (親分?) 」というもので、一見すると昭和中~後期のゴジラを連想させるけど、怪獣を倒しに行く道中やエネルギー補給の際にはしっかり (?) デカめの被害が出ているというバランスが取れてるんだか取れてないんだか分からない不思議なリアリティがまた魅力的だ。怪獣が来る度にゴジラの通勤ルートとして蹂躙されるイタリア諸兄の心労が忍ばれる。 

この絶妙な緩さに拍車をかけるのが、ローマのコロッセオですやすやと眠るゴジラの愛らしい姿。有無を言わさずコングを襲うわんぱく (オブラート) ぶりも然り、本作のゴジラは大型犬か何かだったのかもしれない。  

パワーアップはするわティアマットをレーザーでバラバラにするわと暴れっぷりも凄まじく、反面流石に「可哀想」成分は控えめ。せいぜいがモスラのワンパンで「ぐぬう」となったりする程度……という予想を覆し、クライマックスではシーモとコングにフィニッシュを持っていかれた八つ当たりのように空へ放射熱戦をぶち込むニッコリ案件が。フィニッシュを新入りのシーモちゃんに譲りつつ、ラストキュートアグレッションは自ら持っていく、これが怪獣王の貫禄よ……!

 

(「無理に伊福部先生のゴジラテーマ流さなくて良くない!?!?!?」となったゴジラ映画は本作が初めてだった)

 

ざっと振り返ってみた本作のキュートアグレッションポイント、いかがだったろうか。「言うほどキュートアグレッション映画だったか」だって? それに関してはまあ……その……各々の感性に託させて貰うとして、本作の怪獣たちが不思議なくらい愛らしかった、というのは紛れもない事実だろう。 

コングやスーコは勿論、シーモやゴジラに至るまで、本作の怪獣たちは表情も所作も非常に感情豊か。そんな「生命感」に満ちた怪獣たちが人間臭いドラマを繰り広げ、アクロバティックに戦い、時には動物らしい可愛さを滲ませる。そんなギャップこそが本作における一つの肝だったように思うし、ある意味、本作の面白さは「動物番組」に通ずるものもあるのかもしれない。もしそうなら、良くも悪くも怪獣という呼称で動物と区別されてきた「作り物」の彼らにとって、本作はまさに「一線を越えた」作品だったのではないだろうか。

 

 

人間ドラマがどんどん薄くなっていくことに定評のあるモンスターバースシリーズは、本作でとうとう「怪獣たちがドラマを担う」という未曾有の事態に突入した。この路線が継承されるかどうかは分からないけれど、多かれ少なかれ、本作が怪獣映画における転換点となるのは間違いないだろう。 

奇しくも、邦画界では同じゴジラシリーズの『ゴジラ-1.0』が怪獣特撮の歴史を塗り替えたばかり。これら2作を踏まえた2025年以降のゴジラシリーズが一体どのような革命を見せてくれるのか、一介のファンとして今後を楽しみに待ちつつ、それはそれとして「キュートアグレッション」がゲシュタルト崩壊してきたので「アイカツスターズ!」第35話『選ばれし星たち』を見てキュートアグレッションの何たるかを思い出しておきたい。