ひょっとしたら「アイドル」という概念に向き合うのは、これが初めてかもしれない。
筆者は大学生になるまでの長い間=自分の「好き」が形作られる貴重な時期に、どういう訳かアイドルという文化をやたらと遠ざけていた。
その理由はよく覚えてないけれど、ハッキリしているのは「その拒絶は、何の意味も根拠もない薄っぺらなものだった」こと。そして、そんなくだらない行いのせいで、自分はこの年まで「アイドル」という文化に向き合う機会をみすみす逃し続けてしまっていたことだ。
(『ラブライブ!』シリーズのアニメは追いかけているけれど、同シリーズはアイドルものとしては異端の作品と聞いているので、ここでの言及は避けることにする)
そのため、自分の中で「触れるタイミングを完全に逃した」後悔と「意味もなく忌避していたこと」による罪悪感ばかりが渦巻き、どこか触れ辛いものとカテゴライズしてしまっていた「アイドル」文化。しかし、そんな自分にある日転機が訪れた。
『アイカツスターズ!』視聴再開(2話~)します。100話の大冒険へ、いざ……! pic.twitter.com/x1FAtQ50PA
— 虎賀れんと (@Le_Soya) 2022年11月26日
そう、『アイカツスターズ!』である。
Twitterを通して仲良くさせて頂いており、何かと御恩のある相互フォロワーのツナ缶食べたい (@tunacan_nZk) さん。そのイチオシアニメこそが『アイカツスターズ!』であり、日々の呟きや記事投稿から溢れ出している尋常ならざる熱量、そして「全100話という長丁場だけど、それでも、できることなら見てほしい……!」という身を切るような切実さはまさしく真に迫るものであったし、そのことが一層『アイカツスターズ!』を見るかどうかが自分にとっての「運命の分かれ道」であるかのような感覚を高めていた。というのも、この決断は「自分の中で燻り続けていた “アイドル” 文化への後ろめたさ」を振り払う最後のチャンスであるようにも思えたのだ。
そんなプレッシャー、あるいは高揚感に身を任せて飛び込んだ『アイカツスターズ!』。アイドルという文化と縁遠い人生を歩んできたオタクにこの作品はどう映ったのか、そもそも、なぜこんな早い段階で感想文を投稿しているのか、そうさせたものは一体何だったのか……。『アイカツスターズ!』初見オタクが沼に叩き込まれてしまったその決定的なターニングポイント、もといスタートラインを下記にまとめておきました。是非、お付き合いください。
10話で落ちました。
「アイカツスターズ!のどこで落ちるかは人それぞれ」という話は予め聞いていた。うん、間違いなく10話『ゆめのスタートライン!』が自分の「落ちたポイント」だった。
ただ、本作はそれ以前にもガシッと胸を掴まれるポイントが非常に多く、道を歩いていたらいきなり落ちた……というよりは、まるでジェットコースターのように「徐々に徐々にギアが高まっていって、一番いい景色が見えたところで沼に思い切り叩き落とされた」ような感覚だ。よく分からない? 私にも分からん。
そんな本作の「刺さった」ポイントとして最初に挙げられるのは、(出来過ぎな話だと自分でも思うけど) 第1話『ゆめのはじまり』アバンから叩き込まれた「この歌」。
実は、本作を見るにあたって最大の懸念の一つだったのが「アイドルソング」というものと自分の相性。全100話という長旅になる以上、やはり作品の核となるであろう「歌」は自分の好みにマッチするものであってほしいけれど、自分はあまり「好みのアイドルソング」に出会えた試しがなく……という懸念が、まさか開幕約2分で消し飛ばされるとは思ってもみなかった。
夢は見るものじゃない 叶えるものだよ
輝きたい衝動に 素直でいよう スタートライン!
真っ直ぐで明るい「らしさ」は勿論、思わずハッとさせられるような鋭いフレーズが紡ぐのは「アイドルである、キラキラした存在」ではなく、「アイドルになろうとする若芽」の輝き。切なさと熱さが代わる代わる顔を出すメロディはまるで夢を追う生き方そのもののようで、その重厚でドラマチックな歌に自分は文字通り惚れ込んでしまった。結果、タイトルインと同時に最大の懸念点が吹き飛んだばかりか、ゆめと小春の2人に物凄い勢いで感情移入してしまったのである。
(第2話冒頭、この『スタートライン!』がOP主題歌として初披露された時は、大好きなこの歌が主題歌なことへの喜びと、相変わらずの「刺さる」歌詞で思わず泣いてしまった。まさかOP主題歌で泣かされるなんて……)
こうして開幕早々に即落ち2コマをかましてしまった『アイカツスターズ!』の旅だけれど、それでもやはり肝心なのは物語。アイドルという文化、ましてや女児向けデータカードダスの知識が全くない自分が、果たしてこの作品を楽しめるのだろうか……というこの不安は、またも早々に消し去られることになる。
というのも、まずもって本作の物語は非常にシンプル。アイドル学校である四ツ星学園のトップスターである4人「S4」その中でも、花の歌組のトップ=白鳥ひめ (CV.津田美波) の歌に魅せられた主人公=虹野ゆめ (CV.富田美憂) が、S4を目指すべくアイドル街道を突き進む……という、非常に王道の物語だ。
更に、その主人公であるゆめはこの学園でアイドルへの一歩を踏み出すド新人。そのため、自分のようなアイドルについて素人の視聴者でも、アイドル入門生であるゆめを通して「アイドル」そのものや「アイカツ!」というゲームのシステムを (後者はメタ的にではあるが) 知っていくことができる。むしろ、アイドルやアイカツ!に詳しくないからこそ、一層ゆめに感情移入することができたのかもしれない。
……と、こうした非常にシンプルで真っ直ぐ、初心者にも優しい作りの『アイカツスターズ!』。しかし、そんな親切で分かりやすい作風だからこそ、本作の徹底した「こだわり」が浮かび上がってくる。
作風こそ親切だが、本作の舞台となる四ツ星学園は非常にシビアな校風を取っている。
「 “セルフプロデュース” を第一とし、生徒からの能動的な行動・成長を積極的に促し、望む組に入れるかどうかさえオーディションで決まる」というのは、実力主義の芸能界で戦う「アイドル」の育成学校としては頷けるところだけれど、仮にも女児向けアニメでここまでの「妥協ない」設定を組んでくるのか……と驚かされてしまったし、学校を出ると「学園の一年生たちがS4の番組の裏方を手伝う」など更にそのリアルさが増してしまうことには一周回って変な笑いが漏れてしまった。「ほ、本気だ……!」と。
(この妥協ない本気、とても好印象……!)
このように、本作の「本気」ぶりを如実に映し出す学園や芸能界の描写……だが、それらが転じて「学園のトップことS4の魅力を “本物” にしている」のも本作の巧さだろう。
ゆめの憧れであるひめたちS4。作品によっては、彼女たちのような「主人公の憧れ」的な存在はアイコンの役割に留まり、その内面=なぜ「トップ」足り得るのか、まで描かれることは決して多くない。しかし、ことS4に関してはそれ=彼女たちの内面がこの第1クールから早々に色濃く描写され、彼女たちを「トップスター」として納得の存在に描き上げてくれる。
12/2発売のDVD「アイカツスターズ! 3」は…ドリーミングプリンセスコーデのひめちゃんに決定✨ ひめ先輩の1日に密着する11話「密着!白鳥ひめの一日」は、DVD3巻、好評発売中のBlu-ray BOX1に収録💖【BD担当K】 #アイカツスターズ #aikatsustars pic.twitter.com/xaWWi1FzQN
— アイカツ!シリーズ 10周年 アニメ公式 (@aikatsu_anime) 2016年11月9日
学園の花形とも言える「花の歌組」のトップで、天性の才能に甘んじることなく、早起きでのトレーニング (ジャージ姿の可愛さたるや……!) や自ら特訓メニューの考案を行うなど、泥臭い鍛練も厭わないストイックさも持った白鳥ひめ。
学園長の諸星ヒカル (CV.平川大輔) との関係性など謎も多く、そのあまりにも「理想的なアイドル」すぎる姿から当初は怪しさも感じてしまったけれど、第11話『密着!白鳥ひめの一日』で明かされた「起きている時間の大半を “アイドルとしての在り方” に捧げているため、休息であるはずの昼寝が趣味/娯楽になってしまっている」という事実を前にすると、口が裂けてもそんなことは言えなくなってしまった。
生まれながらのアイドルであったからこそ、その異常さを異常だと思えていないのか、皆のためにとそれを自然と受け入れてしまっているのか、それとも……。もしかして、この『アイカツスターズ!』とは「誰にも越えられなかったひめをゆめが越えることで彼女を解放する」物語でもあるのだろうか。
今日7月25日は、四ツ星学園の生徒会長もつとめ、女優としても活躍する、如月 ツバサちゃんの誕生日!みんなでお祝いしよう!! #フォトカツ #アイカツスターズ pic.twitter.com/pREYzrtBNz
— アイカツ!フォトonステージ!!公式 (@aikatsu_photo) 2017年7月25日
「鳥の劇組」のトップでありながら生徒会長でもあり、自分にも他人にも厳しいクールビューティーな売れっ子女優=如月ツバサ (CV.諸星すみれ)。S4の中では現状最も情報が明かされているものの、その情報は悉く衝撃的なものばかり。特に第3話『わたし色の空へ』で明かされた彼女の過去=「歌組のトップを目指していたが、圧倒的な実力を持つひめを前にその夢を諦め、劇組に転向した」というエピソードには、S4を単なる「憧れのスター」というアイコンに終わらせず、彼女たちも「夢を追い続ける少女」として妥協なく描くという製作陣の気概を叩き付けられたようで、この作品への信頼度が急激に上がった最初のポイントだったと言えるかもしれない。
彼女は前述の第3話に加えて、第12話『はばたくガールフレンド』で実質的な主役回があり、そこでも「かつては孤独な少女だった」ことが明かされ、今はS4という友に恵まれた……と語っているけれど、気になるのは彼女とひめの今後。
かつてその背中を前にして歌の道を諦めたというエピソードに加え、第3話ですれ違うシーンの演出や個別イラストのカラーリングなど、どうにも彼女とひめは対照的な存在として描かれているきらいがある。そして、そんなひめは上述の通り (未だ明かされない「何か」も含めて) 多くのものを背負ってしまっている様子。その真相が明かされる時、ツバサがそこに関わることになるのかそうでないのか、願わくばこの予想がオタクの深読みでありませんように……。
本日「二階堂 ゆず」の新シナリオと、楽曲「8月のマリーナ」を追加しました!
— アイカツ!フォトonステージ!!公式 (@aikatsu_photo) 2017年6月9日
「ダンシングマシーン」と呼ばれるゆずちゃんのハードなアイカツ!スケジュールや、親友リリィちゃんとの日常をお届け! #フォトカツ #アイカツ #アイカツスターズ pic.twitter.com/eyVS9kExY3
「風の舞組」トップにして、S4の中で唯一の2年生である二階堂ゆず (CV.田所あずさ) 。え、2年生っていうことは「スターの座から引きずり降ろされた状態で、四ツ星学園で普通の学生として過ごす」とかいう地獄みたいな展開があり得るってこと……?
一見すると「S4のマスコット枠、一人だけお調子者」のような印象も受けるけれど、そんな先入観を覆したのが第5話『マイ ドレスメイク!』。ドレスメイクで壁に当たったゆめを(偶然を装って)ドレスのフィッティングに招き、彼女が「衣装の役割」に気付くきっかけを与える……と、真の彼女は「幼い印象とは裏腹の、冴え渡る切れ者」だったのだ。答えを見付けたゆめの背中を見詰める姉、あるいは母のような目線からの
「ゆず様って……こんなに面倒見良かったでしたっけ?」
「えぇ~~っ……何のことだかぜぇんぜん……分かんないぞ☆」
というこのやり取り。惚れ惚れするような「S4たる器」ぶりが眩しくて、つい何度も見返してしまったシーンだ。このギャップ……好き……。
スペシャルおでかけにPR「香澄 夜空」と、SR「白鳥 ひめ」のフォトが追加されました!
— アイカツ!フォトonステージ!!公式 (@aikatsu_photo) 2017年2月9日
『私、お肌を見たらなんでもわかるの』 #フォトカツ #アイカツ #アイカツスターズ pic.twitter.com/WkxQ97yFz1
残る一人で「月の美組」のトップ=香澄夜空 (CV.大橋彩香) 、現状S4の中では唯一主役回がない彼女だけど、第4話『いつだって100%』ではひめと共に自ら差し入れを用意したり、第8話『小さな輝き』で披露した歌『未来トランジット』の歌詞を通して「S4という “今” のその先を目指して更に羽ばたいていく」という決意を口にしていたり……など、彼女もまたS4という冠に違わぬものを持っている様子。彼女については、おそらく妹=香澄真昼 (CV.宮本侑芽) が本格参戦する2クール目以降にそのキャラクターが明かされていくのだろうし、その時を楽しみに待っていたい。
こうして、全100話のうち1クール目という早期から深掘りされていき、目指すべきゴールとしての「格」をしっかり示してくれたS4たち。この時点で「成長物語」としての説得力や面白さがしっかり担保されたと言える『アイカツスターズ!』だけれど、本作の丁寧さが光るのはそこから更にゆめたち主人公組の「至らなさ」が非常にリアルに、時に残酷なほど描かれていくこと。
“ところで、なぜ自分がここまで桜庭ローラに惹かれるのか、ぼんやりと考えていた……が、ある時、気づきを得てしまった。” #ツナカツスターズ
— ツナ缶食べたい (@tunacan_nZk) 2021年9月15日
『#アイカツスターズ!』桜庭ローラの歩みはアイドルを想う私の涙を誘う。|ツナ缶食べたい @tunacan_nZk #note https://t.co/5NsKn1YyPk
筋金入りの「音楽の血筋」を持ち、歌組のオーディションもトップ通過したゆめのライバル=桜庭ローラ (CV.浅井彩加) 。
彼女は優れた実力と、努力を厭わないひたむきさ、そんな自分の在り方と血筋への誇り、「人の中身」をしっかり捉える聡明さ……と、一見すると一切の隙がない実力者。自分は当初、彼女が最初にひめの跡を継ぐS4になり、最後にゆめが彼女を越えてS4になるというプロットかと思ったのだけれど、実際のところ彼女は決して完璧な存在ではなく、むしろ「アイドル候補生としての優れた実力とこれまでの真摯な積み上げ」にこそ縛られており、ある種の「頭打ち」状態にあることが第7話『シンプル イズ ザ ベスト!』で描かれる。
「個性とは何か」とは、誰もが一度はぶつかるにも関わらず明確な回答というものがない……という永遠の難問。この問題に (生真面目で、なまじ実力が伴っているが故に) 答えが出せず悩んでしまうローラの姿は、その手の描写に誠実だった『アイカツスターズ!』1クール目の中でもとりわけリアリティがあり、見ているこちらも (就活や転職で何度もこの手の問題にぶつかっているだけに殊更) 「どうするんだこれ……」と不安にさせられるものだった。
「虹色の約束」のスペシャルおでかけに、「七倉 小春」のボイス付新PRフォトが登場です!
— アイカツ!フォトonステージ!!公式 (@aikatsu_photo) 2018年4月27日
『これからも、一番星を目指して
一緒にがんばろうね、ゆめちゃん!』 #フォトカツ #アイカツ #アイカツスターズ pic.twitter.com/Z8WewYQUAN
一方、ゆめを挟んでそんなローラと対になるかのような存在が、ゆめの幼馴染み=七倉小春 (CV.山口愛) 。
彼女は2人と並ぶ主人公格でありながら、第1話で驚異的なパフォーマンスを発揮したゆめ、才能と努力で高い実力を培っているローラに比べどこか一歩引いた場所にいる……という、見ていて非常に胸が詰まる存在。
ゆめに引っ張られるばかりでなく自分で美組への挑戦を決めて勝ち取ったり、真昼にも積極的に話しかけて親睦を深めたり、「アイドル」への人一倍のこだわりだったり……といった節々の描写には「彼女が秘めたポテンシャル」が現れているように思えるが、それは現状あくまで「秘めた」もの。そんな彼女が四ツ星学園というシビアな世界でどう立ち、どう戦っていけるのか……という視聴者の不安に早速切り込んできたのが、第8話『小さな輝き』。真昼をはじめとする周囲のレベルに不安を感じ、コンテストへの出場を辞退しようとする……というその姿は、アイドルという文化に疎い自分でも「実際に養成所でありそうな光景」だと思えてしまったし、そういった意味でも「ローラと対になる」存在なのでは……と思えてならない。
S4の説得力のある魅力と、「上手くいかない」彼女たちの対比が描かれていく……というのは、これもまた一見すると「王道」だけど、そういった要素がここまで丁寧に描かれている作品は決して多くない。それは100話という話数や、『プリキュア』シリーズなどで数々の名作を排出した脚本家・成田良美氏らライター陣の実力、そして何より、約3年間放送された前作『アイカツ!』の威光に負けないという製作陣の熱量があって初めて実現したものなのだろう。
そして、そんな本作に込められた「熱量」は、悩む彼女たちの克己という形で眩い輝きを放ってみせた。
「私の好きなもの……。それが、私の個性になる!」
「個性とは」という問いに答えを見付け、己の在り方を掴んだローラ。
「軽やかに、気負わずに、今のままの自分で……!」
「個性は人それぞれ」であると気付いたことで、ありのまま進む勇気を手に入れることができた小春。
彼女たちの見付けた答えは決して派手なものではないけれど、どれも気付けそうで気付けない「大切なこと」。そこには「女児向けアニメ」としての本懐が見え隠れするだけでなく、老若男女関係なくその価値観を揺さぶる「説得力」のあるメッセージに仕上がっているように思えた。
こうしてその「成長」が見事に、かつ美しく描かれるからこそ、本作でローラたちがどれほど失敗しようと壁にぶち当たろうと、それが決して視聴に伴う「ストレス」にならない。むしろ、それらの壁を彼女たちがどう越えていくのかが楽しみでならない自分がいるし、(おそらく) 壮大なサクセスストーリーであろう『アイカツスターズ!』の1クール目として、彼女たちがアイドルとしての「スタートライン」に立つ様がこうも丁寧に描かれることは、それだけでたまらないカタルシスがあるものだったのだ。
そして、その最たるものを見せてくれたのが他ならぬ主人公=虹野ゆめ。
一見王道な主人公のようで、実は本作の巧さが最も発揮されているキャラクターなのでは……と思えてしまうゆめ。
第1話で発現した「S4が目を見張るようなパフォーマンス」については、その謎こそまだ回収されていないものの「初回らしいカタルシスを担保する」役割だけでなく「これからゆめが歩む苦難の道に対する (視聴者の感情面における) セーフティネットになる」という役割も担っていたように思う。「ゆめには確実なポテンシャルが眠っている」ことがはっきりと描かれるからこそ、そこから始まるゆめの苦難と挫折に対し、視聴者側はある程度の安心感を持って見れるのでは……と。
(彼女がローラと小春の間の位置にいる、というのはこの点も影響しているかもしれない)
主人公ということもあってか、ゆめの苦難や挫折に対するフォローは非常に手厚く、第4話ではひめから「アイドルは一人だけで作るものではない」ことを、第5話ではゆずから「衣装の役割」を、そして第3話では、ツバサから「回り道をすることで、自分の夢に出会うこともある (3話にしてこんなシビアで暖かい話が出たことが本当に衝撃だった) ……と、彼女は折に触れてS4の各メンバー、そして時にはM4の結城すばる (CV.八代拓) から大きな気付きを得ることになった。
「ダッシュが良くても合格できないし……」
「あ?」
「組分けオーディション」
「……あぁ」
「もし、合格できなかったら……」
「お前、合格したいの?」
「え?」
「大事なのは“合格できるか”じゃなくて、“自分が何をしたいか” じゃねぇの?」
「えっ」
「やりたいことがあるから四ツ星学園に入ったんだろ? だったらそれに向かって突っ走れよ。今みたいに」
S4と対を成す超人気アイドルグループ=M4.。その一人であるすばるにとって、ゆめは自分に構えずにぶつかってくれる貴重な友人であるだろうし、猪突猛進なゆめの在り方がかつての自分と重なってしまうからこそ、思わず手を差し伸べてしまうのだろう。その気持ちはゆめに助言を贈るS4の面々にも共通しているのかもしれないし、こうした「人を惹き付ける澄んだ魅力」も、虹野ゆめという少女の大きな魅力と言えるだろう。
これら先輩アイドルたちの言葉を受け、「自分は何がしたいのか」そして「アイドルとは何なのか」の2方面から自分の夢に向き合い、着実な成長を見せていくゆめ。しかし、序盤からこうして手厚いフォローが行われた結果、ゆめは「致命的な挫折を味わうことのないまま、上手くいって」しまっていた。
まるでそのツケを払わせるかのように現れたのが、衝撃のエピソード=第10話『ゆめのスタートライン!』。第1話『ゆめのはじまり』と対になるサブタイトルが表すように、虹野ゆめの「アイドル候補生」としての真のスタートラインが描かれるもの……だったのだけれど、本エピソードでは思わず目を覆いたくなるほどに悲痛な「挫折」もまた描かれることになった。
「白鳥ひめのライブが急遽中止になった。そのライブホールを埋めるために開催されるのは、なんと虹野ゆめのファーストライブ――!」
一見すると出来すぎなサクセスストーリーのあらすじだけれど、なにせこの番組は『アイカツスターズ!』。正直、このイントロダクションだけで心底ゾッとしてしまった。そんな予感に震える我々視聴者を嘲笑うかのように、喜ぶゆめに次々と悲劇が襲いかかる。
「チケット、まだ取れるかなぁ……へっ!? 満席!? ……えっ?」
「ハロー!グッモーニ~ン!」
「先生、見てください!」
「ん?」
「こ、これ……!」
「ほ~う……チケット1枚も売れてないのか……」
担任教師の響アンナ (CV.神田朱未) に座席の予約画面を見せる (ともすれば過去一番不安そうで、今にも泣き出しそうな) ゆめの表情もあって、こちらも絶句せずにはいられないシーンだった。ここまでやるのか『アイカツスターズ!』……!?
しかも、残酷なのはこれが「ゆめ自身が招いた事態でもある」ということ。確かにこの事態を仕組んだのは (未だ理由は不明だけれど) あくまで諸星学園長。しかし、ゆめがもし「ひめが取っていたステージを引き継ぐ」ということの意味に気付いていたなら……。小春とローラが心配していた通り、彼女は「その意味を分かった上で快諾している」のではなく、この現状を「アイドルとして、ひめに近付くことができる特大のラッキー」と受け取り、だからこそコンサートの提案を快諾してしまったのだ。ゆめが「未熟なアイドル候補生でありながら、S4たちの助けで上手くやってこれていた」というある種の「優遇」のツケが、ここに来て最悪の形で表れてしまったとも言える。
(こういう作品コントロールの巧さや誠実さも本作の魅力だけれど、この時ばかりはその容赦のなさに頭を抱えさせられた)
かくして絶体絶命の危機に陥ったゆめは、アンナのアドバイスを受けてチケットの手売り、そして営業をすることに。しかし、現実の写し鏡であるこの世界においては、彼女がどれだけ頑張っても誰もチケットを買ってくれることはなく……。この一連のシーンはBGM含めコメディタッチな演出が行われているが、それはこのシーンをコメディとして演出したいからではなく「そうでもしないと重すぎて見るに見れないものになってしまう」からだろう。
しかも、クラスではそんなゆめに対してダメ押しのように「ゆめのチケットが全然売れてない」ことが話題となってしまい、ローラがチケットを3枚売ってくれるも「チケット3枚売れたよ!私のファンの子が見に来てくれるって!」という言葉が、図らずもゆめに「自分には、コンサートに来てくれるようなファンがいない」という現実を突き付ける形になってしまう。
「私……誰のために歌うんだろう」
「歌が好きな気持ちだけは、誰にも負けたくない」と歌組に飛び込んだゆめ。その気持ちは大切なものだけれど、しかし、その気持ちだけでやっていけるほど「アイドル」は甘くない――。そんな現実に打ちのめされるゆめの姿、そして「ファンのいないアイドルは、誰のために歌うのか」というこの極めてシビアな問いかけには、ローラの一件以上に深く胸を抉られる思いだった。
アイドルが大成するにあたって、「ファンがいない時期」というのは決して避けられないものであるだろうし、それを乗り換える術があるとするなら、それはきっと「割り切る」ことなのだろう。唇を噛み、なり振り構わず、未来への先行投資として「ファンを獲得する」ことに励む……。というのが、アイドルに詳しくない自分の中での印象。
しかし、人一倍純粋で、不器用で、アイドルの世界に飛び込んだばかりの中学生であるゆめに、果たしてそんな「割り切り」なんてできるのだろうか。自分は「できる」とは思わなかったし、何よりそんな現実を前に自分を擂り潰していくゆめの姿を見たくなかった。このどうしようもない現実は、たとえフィクションでも越えられない壁=ある種の「フィクションキラー」のようにさえ思えてしまったし、「私なんかが (S4に) なれる訳ない……!と拳を握り締めてしまうゆめの悲痛な呟きには、これまでの『アイカツスターズ!』の積み重ねが残酷なまでに集約されていた。
このままコンサートが中止になり、それこそが「ゆめのスタートライン」になってしまうのでは……と、そんな救いのない結末の方がむしろ現実的に思えるほどには、彼女がこのシビアな『アイカツスターズ!』世界の中で……しかも残り10分で立ち上がれる未来が全く想像できなかった。見ていられなかった。
しかし、この過酷な現実から決して逃げることなく、むしろその暗闇に「希望」のレールを描いてみせるからこそ、自分はこの作品に惚れ込んでしまったのだと思う。
「少なくとも、あの2人はお前のライブを楽しみにしてるんだ。……ちなみに、俺なんて1枚だ」
「え?」
「初ライブで売れたチケット」
「たった1枚!?」
「数なんて関係ねぇだろ。目の前の1人のファンを満足させれば、それは10人になって、100人になって……いつか1000人になるんじゃねぇの?」
自分は、根本的に認識を誤っていた。「観客」だけがファンなのではない。自分を支えてくれる家族や仲間たち、それら皆がアイドルを愛し支える「ファン」であり、彼ら彼女らがいるからこそ、アイドルは「アイドル」として走ることができる。
アイドルは一人だけで作られるものではない――それはつまり、アイドルが決して一人でないということの証左でもあり、たとえ観客がいなくても、歌を届けるべき相手=ファンは、必ず彼ら彼女らの側にいてくれるのだ。
ゴールはきっとずっと 遠くの方だよ
光を手渡すように 繋いでいこう
ゆめの強さと魅力を誰よりも信じて、懸命にチケットを売るローラと小春。彼女らの姿をゆめに見せて背中を押しただけでなく、自分自身も密かにチケットを買っていたという「粋」の化身ことすばる。そして、ゆめのライブに駆け付けた家族やクラスメイト、これまで仕事を共にしてきた大人たち、ゆめのアイカツを見てきたという「ファン」……。それら全てが積み重なって、遂に虹野ゆめのファーストライブが開催される。
皆がそうしてゆめを支えてくれているのは、他ならぬゆめ自身のひたむきな眩しさと情熱、この絶望的な状況でも立ち上がってみせる「強さ」が皆を惹き付け、時にその背中を押してきたから。開催さえ絶望的だったこのファーストライブは、ゆめとその周囲の人々、どちらかでも欠けていたら決して実現しなかったものだろう。壇上に立つアイドル=虹野ゆめは、その場にいる全員が作り上げたかけがえのない輝きだったのだ。
この『アイカツスターズ!』においては……あるいは現実においても、「アイドル」とは彼ら彼女ら一人一人を指す呼称ではなく、これらの美しいバトンリレーが紡ぐ輝きそのものを指す言葉なのかもしれない。
まさか、100話中13話までしか見ていない段階での感想文が10000字を越えるとは思ってもみなかった。けれど、本作は既にしてそれだけのカタルシスと感動をもたらしてくれたのだ。
しかし、ここまでの物語はあくまでゆめたちが「スタートライン」に立つまでの物語、謂わばプロローグであり、真昼たち「未だ本格参戦前」のレギュラーキャラクターを交えた「本番」はここから始まる。この先にどれほどのものが待っているのか、そして、ここまでの完成度を誇る『アイカツスターズ!』の劇場版は一体どれほど凄まじい作品になっているのか……。それらへの期待に胸を高鳴らせつつ、彼女たちの物語を引き続き見届けていきたい。