感想『アイカツスターズ! 86話』あるいは「桜庭ローラ」総括 ー 負けた数だけ立ち上がり、涙の数だけ強くなる、絶えることのない群青の篝火

アイカツスターズ!』第86話『涙の数だけ』を観た。観てしまった。  

その衝撃を一言で語るのは難しいけれど、敢えて言うならアイカツスターズ! って、こういう作品だったよね………………」に尽きるかもしれない。というのも、このエピソード程の「残酷なシチュエーション」が描かれるのは、本作では随分久しぶりだったように思うのだ。

 

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ローラの度重なる敗北、小春との離別、ゆめの「不思議な力」問題……と、特に中盤においてゆめたちを襲う「残酷な現実」が度々物語の焦点となり、そのことが後半における彼女たちの成長や、クライマックスである「S4決定戦」を大いに盛り上げていた1年目。 

そんな1年目を引き継ぐ形で始まった2年目は「ブランド」「ドレス」など、アイドルとしてより踏み込んだ要素を軸にしつつ、1年目で蒔いた種を回収していくようなカタルシスが物語をドラマチックに牽引していった。

 

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ローラのミューズ襲名、小春とゆめによる新ブランド立ち上げ、あこときららのダブルミューズ結成……と、次々に巻き起こるダイナミックな展開に、星のツバサという予測不能の新要素が加わったストーリーの盛り上がりたるや凄まじいもので、それはまさに1年目を経た執筆陣の「本気」がぶつかり合うデッドヒート。 

しかし、2年目はその一方で「1年目に見られた残酷さ」が少しばかり鳴りを潜めているようにも思えた。これが他の作品であれば「2年目はそういう残酷さは描かれないのだろう」という一言で済んだのだろうけれど、こと『アイカツスターズ!』においてそんなことは有り得ない。どこかで必ず「揺り戻し」が来るはずであり――それが、問題の第86話『涙の数だけ』だった。 

前回の記事で取り上げた第84話『夢は一緒に』が早乙女あこの集大成であったように、このエピソードはまさに桜庭ローラの集大成。30分という尺一杯に込められた『アイカツスターズ!』の情熱を、主役である桜庭ローラの歩みと併せて振り返っていきたい。

 

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(第85話以前の感想は、こちらの記事や『アイカツスターズ!』タグからどうぞ!)

 

《目次》

 

 

2人の “運命の舞台” ー 第86話『涙の数だけ』

 

第86話『涙の数だけ』は、実に第65話『乗ってこ♪ ヴィーナスウェーブ』以来となるローラの主役回。 

2年目になってからというもの、ブランド「スパイスコード」のミューズをツバサから襲名したり、イベント「ヴィーナスウェーブ」において、ゆめだけでなくきららまでも打破して優勝を掴んだりと順風満帆そのものだったローラ。しかし、2年目中盤にはゆめがブランド「レインボーベリーパルフェ」を立ち上げて星のツバサを手にしたり、きららがあことのWミューズを結成したり、レイやアリアが新たに参戦したりと、彼女を取り巻く環境が大きく変貌。真昼でさえベスト4入りが危ぶまれる中、ローラはまさに「瀬戸際」にいたようで……と、そんな状況から本エピソードは幕を開ける。


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アイカツ!ランキングの決勝トーナメントが迫る中、ランキングの上位はエルザ、きらら、レイ、アリアとヴィーナスアークがほぼ独占状態。そこに続くのは、4位のゆめ、6位の真昼、そして7位のローラだった。 

一度は勝利したきららやゆめに逆転され後のないローラは、年末の大型イベント『アメージングアイドルフェス』への出場を決意する。 

相応の準備と時間が必要になるものの、大規模なイベントはその分大量のポイント獲得を狙うことができる。それはまさしくローラにとって「最後の切り札」だったが、そのフェスに急遽エルザの出場が決定。圧倒的な力を持つエルザを前に、ローラはフェスへの出場を躊躇ってしまって……。

 

このように、『涙の数だけ』で描かれるのは「エルザVSローラ」という作中初の対戦カード。この構図は、所謂「ラスボスに一足早く準主人公が挑む」という熱いシチュエーション (個人的にはどうしても『遊☆戯☆王』の城之内VSマリクを思い出してしまう) なのだけれど、こと本エピソードについては「熱い」よりも「恐怖」が先立ってしまう。 

というのも、追い詰められているのはローラだけでなく、第78話『ようこそ パーフェクトマザー!』での傷が未だ癒えず「太陽のドレス」が出現しないことに焦りを募らせているエルザも同じ。つまり、この戦いは「どちらにとっても後のない戦い」であり、2人の人生、ひいては『アイカツスターズ!』を左右しかねない「運命の舞台」だったのだ。  

必然、その重さに誰より苦しんでいるのはローラ自身。迷いを振り切ろうとするかのように走り込みを始めるローラは、偶然出会ったマラソンランナーの女性=前川綾乃 (CV.佳村はるかと意気投合。彼女の「負けたくないの。弱い自分に」という言葉に、「フェス出場を辞退する」という選択の意味=自身が「目的の為に、自分の “らしさ” を捨てようとしていた」あの時と同じ轍を踏みかけていたことを悟る。

 

「今までいろんな勝負をしてきて……負けて泣いたりも、いっぱいした。でも、だからって “負けるのが怖くて逃げる” なんて、私らしくないよね」

-「アイカツスターズ!」 第86話『涙の数だけ』より


迷いを振り切り、遂にアメージングアイドルフェスに出場するローラ。 

「ここからは、私の時間!」「見せてあげるわ、本当のパーフェクトを!」という2人の決め台詞 (今思うと、ここでエルザの台詞が変わっているのが非常に示唆的) が左右対称 / 正面から向かい合うように描かれていたり、2人とも変身バンクがほぼフル尺で使われたりと、この一騎討ちに込められた熱量はかのS4決定戦を思い出させるもので、尚のことローラのジャイアントキリングを期待せずにはいられない。 

というのも、この戦いはその実「実力においてはエルザが大きく勝る一方、精神的には自身の恐怖に打ち勝ったローラに分がある」というもの。何かを “悟った” 様子のエルザに不穏な気配を感じこそすれ、ローラにも十分勝ちの目がある――もとい「勝ってほしい」戦いだった。 

しかし。

 

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期待も祈りも打ち砕く「エルザの新曲」という衝撃のカード。そして、予想だにしていなかった「太陽のドレス」の出現……。この時点で嫌でもローラの敗北を確信させられてしまったし、そんな視聴者の心境を映すかのような「結果発表がカットされる」という演出は、さながら「太陽のドレスが出現した瞬間、自分もローラを見ていなかった」=彼女を最後まで信じることができなかった事実を喉元に突き付けられるかのよう。歓声を浴びるエルザと対照的な「舞台裏でひとりぼっちのローラ」にはどうしようもなく胸が痛んでしまったし、それは、これまで見守ってきた2年目が「ぬるま湯」に過ぎなかったと思い知るに十分すぎる深傷だった。

 

「分かってはいたけど、やっぱり……エルザさん、凄かったな。……貴女だって頑張ったじゃない。だから、悔いはないはず。でも、やっぱり……悔しいなぁ……」
『前川綾乃選手、残念でしたね』
『はい、でも、これが最後じゃないですから。私はずっと戦い続けます、マラソン選手である限り』
「綾乃さん……?」
『実は、アイドルの桜庭ローラちゃんが大好きで、いつも彼女の歌に励まされています』
『ローラちゃんって、あの四ツ星学園の?』
『そうです。次に本人に会えたら “ありがとう” って、ちゃんと言いたいと思います』  

  (中略)  

「ゆめ?」
「わぁっ!?」
「ふふっ。……負けちゃった」
「うん……」
「でも、これが最後じゃない。まだまだ、もっと先がある。私がアイドルである限り」
「……うん!」
「ありがとね、ゆめ。……私、もっともっと、強くなる……!」

-「アイカツスターズ!」 第86話『涙の数だけ』より

 

けれど、ローラは「ひとりぼっち」ではなかった。彼女の後ろには綾乃のようなファンたちが、隣にはゆめたち仲間がいてくれる。だから、彼女は何度負けても立ち上がり、涙の数だけ強くなっていける――。

 

……と、これが第86話『涙の数だけ』のあらまし。 

「1年目のような残酷さが2年目で鳴りを潜めていたのは、路線変更ではなく “溜め込んで” いたからだった」と理解らされてしまうハードな展開。よりによってこの局面で太陽のドレスが現れ、ローラへのオーバーキルになってしまう非情さ。そして、髪を解き舞台裏で一人涙するローラの悲痛な姿……。アバンタイトル、ひいては次回予告の段階から既に「ただ事じゃない」と察してはいたけれど、そんな予想に違わず痛烈な『アイカツスターズ!』らしさに満ちていた本エピソード。 

……けれど、本当の本当に正直なことを言うならば、このエピソードを見終わった時、自分の中に少しばかり「既視感」というモヤモヤが残ってしまった。このエピソードで描かれたものは、これまでのローラの歩みの中で「既に描かれている」ものだったのでは、と思えてしまったのだ。

 

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『涙の数だけ』の既視感とローラの1年目

 

楽家の家系に生まれ、高いプライドとそれに見合った実力を持つ「歌組のニューホープ」だった1年目のローラ。 しかし、彼女は日に日にポテンシャルを開花させていく親友=虹野ゆめの存在に追い立てられ、徐々に自身の個性を見失い「勝敗」に囚われるようになってしまう。 

そんな彼女を救ったのは、歌組の担任教師=響アンナの「それぞれのやり方を見付けた上で競い合うのが “本当のライバル” だ」という助言、そして、日本の元ロックスター・内田永吉と、歌組きっての実力者=白銀リリィから託された「Going My Way」という言葉。 

自身の愛する「ロック」が導いた繋がりから答えを見出したローラは大きく成長。彼女だけの歌=『1, 2, Sing for You!』を胸に恩人であるリリィを下すと、その輝きに魅せられたファンの言葉から、自身が既に「オンリーワンのアイドル」という夢の欠片を掴んでいると知るのだった――。

 

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続く2年目においては、彼女の努力が様々な形で「報われていく」様=ツバサやアイカツシステムが、彼女のひたむきな努力に応えていく様が描かれていった。テーマ的には1年目の第49話で完結していた部分を、丁寧に / ドラマチックにフォローし、希望のある物語として美しく昇華させてみせたのがローラの2年目と言えるかもしれない。  

その上で今回の第86話『涙の数だけ』を見てみると、やはりというか何というのか、その要素は「これまで描かれてきた内容」と同じものが多い。 

「勝ち負けに囚われてしまっていた所から抜け出す」のは、1年目中盤~後半の展開。 

「勝負に負けても、そんな自分を見てくれる人は必ずいる」というのは、前述の第49話や2年目前半。 

つまるところ、この『涙の数だけ』の肝となる「ローラの新たな気付き」とは、決して新しいものではなく「これまでローラが得てきたものを、彼女が忘れている」ようにも見えてしまうのだ。

 

このような「以前乗り越えた問題に同じ形で悩む」あるいは「成長したはずのキャラクターが成長していない」現象は本作並みの長尺作品では決して珍しくないことだけれど、こと『アイカツスターズ!』は「ドラマの積み重ね」において他の追随を許さないほどに丁寧かつ力の入った作品。例外があるとすれば、第78話『ようこそ パーフェクトマザー!』で精神的に追い詰められ、第80話『騎咲レイの誓い!』以降不安定な様子を見せていたエルザが、第79話『ハロウィン☆サプライズ』においてだけ「いつものエルザ」だった……と、せいぜいがそのくらいで、100話という尺を考えれば、むしろそれだけで済んでいるのが不思議なくらいだろう。 

しかし、だからこそ「桜庭ローラ」という主人公の大一番でそのような齟齬が起こるとは考え辛いし、それこそ『アイカツスターズ!』らしくないのだ。その真相を探るべく、もう一度第86話『涙の数だけ』や、そこに至るまでの物語を振り返っていきたい。

 

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失われた情熱と、 課せられた「宿命」

 

前述してきたように、どこか「これまでの焼き直し」のような感覚を覚えてしまった『涙の数だけ』。その如何を考える上で重要な意味を持つのが、第78話『ようこそ パーフェクトマザー!』における下記の一幕だ。

 

「お久しぶりね」
「……! エルザさん、こんばんは」
「その後、どうしているの?」
「えっ」
「貴女を見ていると、初めて会った頃のレイを思い出すわ。まるで魂を抜かれたロックスター……情熱が足りない」
「ッ!」
「そう、その目よ。折角燃える瞳を持っているのに……」
「何なんですか……?」
「いいえ、別に。ただ “勿体無い” と思っただけよ。ごきげんよう
「……!」
「悪いね。エルザは、いつの間にか周りの人の闘志に火を点けてしまう」
「は?」
「だって、今思ったよね? 悔しい、絶対エルザに負けたくない……って」

-「アイカツスターズ!」 第78話『ようこそ パーフェクトマザー!』より

 

アリスの一件に顕著なように、エルザの非情さとは「合理的」な「リアリスト」であることの裏返し。残酷な真実から目を逸らさず、然るべき相手に真っ直ぐ突き付けるからこそ、彼女の指摘は常に本質を捉え、小春たち多くのアイドルを導いてきた。 

そんな彼女からローラに告げられた「情熱が足りない」という言葉。第78話時点で、エルザの観察眼が本物であることも、その指摘が常に「真実」を語っているということも分かっていたのだけれど、その言葉には真っ先に「なんで……?」という疑問が浮かんでしまった。 

というのも、2年目のローラは驚くほどに順風満帆だった。S4になれなかった悔しさに負けず努力を続け、自分よりも他人を優先し、誇りある「Going My Way」を駆け抜けた結果、ミューズという地位も、きららやゆめ以上の実力も手に入れた。それ以降もずっと、2年目の彼女は堅調にアイカツを続けていて――。  

……え、「それが良くなかった」っていうこと……!?

 

 

そう、問題はおそらく「2年目のローラが順風満帆だったこと」そのもの。 

思えば、ローラは常に「敗北」と共に成長するアイドルだった。彼女が特に大きな成長を遂げたきっかけは、CDデビューにセンターオーディションと立て続けにゆめに敗北し、落ちきったどん底から這い上がった第33話『迷子のローラ!?』と、S4戦での敗北を経て、それでも自分が誰かの「オンリーワン」だと知った第49話『一番星になれ!』。これらの経験が、S4決定戦におけるリリィへの勝利や、2年目でのミューズ襲名 / 星のツバサ獲得に繋がったのは考えるまでもないだろう。 

ローラは元から努力を欠かさない秀才ではあったけれど……もとい、日頃から努力を欠かさない人間だからこそ「跳ねる」には何かしらの特別なきっかけが必要になる。  

人によってそのきっかけは様々だけれど、ローラの場合、それは皮肉にも「敗北」だった。2年目中盤以降のローラがアイカツ!ランキングでゆめやきららたちに逆転されてしまったのは、彼女たちがそれぞれの答えを見付けて大きく成長したのに対し、ローラはなまじ順風満帆なせいで「跳ねる」機会を逃し、最大の武器である「負けず嫌いの炎」が徐々に弱ってしまっていたから……と考えると、確かに筋が通ってしまうのだ。いや、筋は通るかもしれないけれどそんな残酷なことってある!?  

あの地獄のような出来事を経て成長したローラに「最近酷い目に遭ってないから伸びない」だなんて、それじゃあ、ローラのアイドル人生は「敗北や悩み、苦しみと共に進み続ける茨の道」になってしまう。そんな悲惨な星の生まれなら、いっそアイドルを辞めた方が……と、それこそ一番言ってはいけない言葉が頭を過りかけたところで、ふと頭に浮かんだのが『涙の数だけ』のとある会話だった。

 

「実はね、今度凄く大きな大会があって……そこでいい成績を残さないと、代表落ちちゃうかもしれなくって」
「!?」
「コーチは “強豪選手が大勢出場するから、私のタイムじゃ上位入賞は厳しい” って言うんだよね」
「やっぱり、別の大会を目指すんですか?」
「ううん、出場することにしたよ」

-「アイカツスターズ!」 第86話『涙の数だけ』より

 

アメージングアイドルフェスへの出場を躊躇うローラが出会ったマラソンランナー、前川綾乃。ローラそっくりの境遇を持っていた彼女は、しかし「大会に出る」決意を毅然と口にしてみせる。 

そう、アイドルにしろアスリートにしろ「競技」の世界は常に弱肉強食。「敗北や悩み、苦しみと共にある茨の道」とは、何もローラだけが特別に背負っているものではなく、戦いの世界に生きる者は誰であれ避けられない宿命なのだ。  

しかし、それは「戦い」であっても決して「殺し合い」ではない。

 

「この勝負だけが私の勝負じゃない。まだまだ先も、ずっとマラソンをやっていきたいから……敢えて、逃げないことにした。私も負けず嫌いだからね、負けたくないの。弱い自分に」
「弱い、自分に……」

-「アイカツスターズ!」 第86話『涙の数だけ』より

 

負けたとしても、挫けたとしても、諦めさえしなければ何度だって立ち上がることができる。
必要なのは、敗北を受け止める覚悟、そして「弱い自分」から逃げない勇気。エルザが見抜いた「ローラに足りない情熱」とは、その勇気のことだったのだろう。

 

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けれど、ローラは1年目においても「敗北」という命題に苦しみ続けてきた。であれば、彼女は既に「敗北」も「弱い自分」も乗り越えているのでは――と、この点こそ自分が「既視感」を覚えてしまったポイントだ。 

ところが、改めて1年目のローラを思い返してみると、その至上命題は今回とは似て非なるもの=「敗北から逃げない」というよりも「勝敗に囚われた自分から脱却する」ことだったように思う。

 

「桜庭は虹野とは違う。いつも言っているだろう、“個性が大事” だと」
「じゃあ、ゆめの個性には……私はどんなに頑張っても勝てないってことですか!?」
「そんなことは言っていない。個性は人それぞれ……。全く同じものはこの世にはない。虹野には虹野の個性、そして桜庭には桜庭の個性がある、と言っているんだ」
「アンナ先生……」
「虹野と比較して、同じことをして、勝った負けたなんて思う必要はない。ましてや “もう勝てない” なんて思うのはナンセンスだ、お前はお前のやり方で光り輝けばいい」
「っ……!」
「自分達のやり方を見付けた上で競い合う。それが、本当の意味でのライバルだ」

-「アイカツスターズ!」 第29話『本当のライバル』より

 

勝敗に囚われ「自分のやり方」を見失っていた1年目中盤のローラは、アンナのこの言葉をきっかけに「Going My Way」という在り方 / 夢に辿り着き、S4決定戦でようやく「勝敗から解放された」状態で歌うことができた。それは、彼女が初めて「自分のやり方」でゆめたちと競い合うことができた戦いであり、謂わばローラにとっての「真のスタートライン」でもあった。  

それから1年、ミューズの襲名や星のツバサ獲得などを経て迎えたアメージングアイドルフェスは「ローラの命運を左右する舞台」という点ではS4決定戦と同じだったけれど、「勝敗に囚われず、自分らしく歌う」ことが至上命題だった1年前とは違い、アイドルとしての立場も確立され、ミューズという役割まで背負っている今のローラにとっては今度こそ「負けられない」戦い。 

つまり、この『涙の数だけ』とは、ローラがかつて脱却した「勝敗」という楔に改めて向き合う為の試練の舞台。そこに立ちはだかるエルザという壁は、アイドルという生き方に定められた「茨」そのものであり、彼女から逃げずに立ち向かうという選択そのものが、ローラが情熱と勇気を取り戻した何よりの証だったのではないだろうか。

 

 

桜庭ローラという篝火、その可能性と煌めき

 

アメージングアイドルフェスは、エルザの勝利――もとい、圧勝に終わった。ただでさえ力量差があるというのに、よりによってこの戦いで「太陽のドレスが顕現する」という展開は、さながらフェスに挑んだローラの勇気を嘲笑うかのようでさえあった。 

エルザに敗れ、悔しさに涙を流すローラ。彼女は「弱い自分」に負けてしまったのだろうか。彼女は、茨の道が待っている「アイドル」という在り方に相応しくないのだろうか。……その問いかけには、迷いなく「違う」と断言することができる。

 

「今までいろんな勝負をしてきて……負けて泣いたりも、いっぱいした。でも、だからって “負けるのが怖くて逃げる” なんて、私らしくないよね」
「うん、そうだね」
「負ける度に、涙を流す度に、私は強くなれた気がする。そうやって、少しずつ……弱い自分にさよならができれば……」
「ローラは弱くなんてないよ」
「ありがとう、ゆめのおかげだよ。……私、何があっても “もう逃げない” って決めたんだ」
「……うん」

-「アイカツスターズ!」 第86話『涙の数だけ』より

 

敗北の度に、涙を流す度にローラは新たなステージへと辿り着くことができた。それこそがローラの才能であり、真の「個性」と呼べるもの。 

敗北を受け入れることは、実のところ決して難しいことじゃない。勝利を諦め、涙を枯らし、敗北に「慣れて」しまえば、敗北に心を痛めることはなくなるからだ。 

けれど、ローラはそんな道を選ばない。何度負けても、どれほど辛い目に遭っても彼女は決して諦めず、その涙が枯れることもなかった。涙を流すことは、決して諦めない情熱と強さの証であり、同時にローラが秘めた「可能性」そのものでもある。

 

確かに、ローラはエルザに敗北を喫してしまったし、太陽のドレスによって「パーフェクト」な実力を手に入れた彼女とは厳然たる「力量差」があるかもしれない。 

けれど、エルザの「パーフェクト」とは絶対のものではない。太陽のドレスを越えるものをアイカツシステムが生み出してしまったら、エルザ以上の実力者が生まれてしまったら、彼女はその時点で「パーフェクト」の座から引きずり下ろされてしまうからだ。 

そんな危うい「パーフェクト」を冠するエルザに対し、何度負けても立ち上がり、その度に進化するローラに秘められているのは「無限」の可能性。アイドル・桜庭ローラが宿すこの力こそが「真に “パーフェクト” を越え得るもの」だと、自分にはそう思えてならない。

 

 

こうして『涙の数だけ』を振り返ってみると、自分が最初に感じた「既視感」は半分正解で半分誤りだったと言うべきかもしれない。 

このエピソードは、ゆめがいつの間にか失っていた “アイカツを楽しむ心” を取り戻した第82話『恋するアイカツ♪』のように、ローラが「負けず嫌いの情熱」を取り戻すというもの。であるなら、その内容がこれまでのローラの歩みをリフレイン / 総括したものになるのは必然と言えるし、その上でローラの「真の個性」を見事描き出してみせた本話には、むしろ「桜庭ローラの集大成」という言葉こそが相応しいように思う。  


何度負けても、見ているこちらが「もう駄目だ」と思うような絶望に叩き込まれても、その度に輝きを増して立ち上がるアイドル・桜庭ローラ。 

敗北が決して無意味じゃないことを、努力と情熱、諦めない心に「自分らしさを貫く信念」という “決して特別ではない力” で示してくれる彼女の歩みは、綾乃のように過酷な戦いの中で生きるアスリートやアイドルにとって、まさに暗い道行きを照らしてくれる道標。そういった世界とはおよそ無縁で、失敗を恐れて挑戦に踏み出すことができない自分のような一般人にとっても、それは「一歩踏み出してみよう」と背中を力強く押してくれるかけがえのないエールになる。恐れや悩み、苦しみや迷いを抱えて生きるあらゆる人々に等しく篝火となる存在。それこそが、桜庭ローラというアイドルの真価なのではないだろうか。

 

そんなローラの煌めきは、たとえエルザに負けたとしても決して曇らない唯一無二の輝き。アメージングアイドルフェスにおいて、彼女の情熱はしっかりと「届くべき相手」に届いていた。

 

「世界デビュー……!? 私が!?」
「この前のステージで、君は輝いてた」
「でも私、エルザさんに負けたのに……」
「ノンノンノン!」
「っ?」
「勝ち負けなんて関係ない。君は “mon-orbis” 、人生を彩るスパイス。君の音楽は人の心を豊かにする。私と一緒に、世界へ挑戦してみないか?」
「私が、世界で……!」
「ああ!」
「誰かが、見てくれているんですね……。努力していれば、誰かが……ちゃんと!」

-「アイカツスターズ!」 第87話『ありがとう♪ メリクリ!』より

 

orbis』とは、ラテン語で「円」そこから「回転」、 転じて「世界」を指すようになった言葉。即ち『mon-orbis』とは「世界で唯一つ」という意味になる。ローラをそんな言葉で評したのは、世界的な芸能事務所=『BLACK STAR』のプロデューサーだった。 

彼やアンナ、ツバサのように、ローラの輝きを見出し、未来を託してくれる恩師たち。ゆめや真昼といった大切な仲間たち。そして、綾乃をはじめとする数多くのファンたち……。そんな「支えてくれる人たち」がいるからこそ、ローラは何度だって立ち上がることができる。しかし、皆が彼女を支えるのは、その魂を揺さぶるローラの歌があればこそ。

 

この『アイカツスターズ!』においては……あるいは現実においても、「アイドル」とは彼ら彼女ら一人一人を指す呼称ではなく、これらの美しいバトンリレーが紡ぐ輝きそのものを指す言葉なのかもしれない。

引用:感想『アイカツスターズ! 1~13話』 美談でないからこそ美しい、輝ける “スタートライン” に魅せられて - れんとのオタ活アーカイブ

 

第10話『ゆめのスタートライン!』で自分が感じた『アイカツスターズ!』全体を貫く摂理。それは、本作の主人公=ゆめは勿論、ローラの物語においても特に色濃く現れていた。このことは、苦難の道を歩む彼女に向けた「努力は必ず報われる」「たとえ負けたとしても、それは人生の終わりでもなければ、あなたの価値を否定するものでもない」というメッセージの現れなのだろうと思うし、裏を返せば、それほどまでに桜庭ローラの物語は『アイカツスターズ!』という作品の核であり、製作陣が描きたいテーマそのものなのだろう。 

あこ同様、この先彼女に「主役回」があるのかどうかは分からないけれど、仮にこれが最後のエピソードだったとしても、ローラは紛れもなく『アイカツスターズ!』におけるもう一人の主人公。無限の可能性を秘めた彼女の歩みが、いつの日か大輪の花を咲かせることを信じて、この先の最終クールを心して見守っていきたい。

 

 

「今年のクリスマスも、盛り上げちゃう?」
「もっちろん。とびっきりのワクワクを届けちゃおう! 次回、アイカツスターズ!『ありがとう♪メリクリ!』掴め、アイドル一番星!」

-「アイカツスターズ!」 第86話『涙の数だけ』より