「ドラゴン」といえば創作の十八番。しかし、恥ずかしながら「ドラゴンという存在が物語の中心にある作品」をあまり観たことがなかった。
ドラゴンと聞いてパッと思いつく作品は「青眼の白龍」でお馴染みの遊戯王シリーズとモンスターハンター、実写映画含む『ダンジョンズ&ドラゴンズ』 ぐらいのものだけれど、いずれもドラゴンが物語の主軸にあるとは言い難い。ドラゴンボールでさえも「神龍が物語の中心にあるか」と言われるとやや微妙なところで、にもかかわらず「人間とドラゴンとの絆を描く」という本作の触れ込みがそこまで新鮮に感じられなかったのは、それだけドラゴンという存在が創作文化におけるモチーフとして良くも悪くも「定着しすぎている」からなのかもしれない。
……と、そんな背景もあってか、正直そこまで高い期待値を持てていなかった『ヒックとドラゴン』だけれど、いざ見てみるとこれがま~~~~~面白かった。諸々引っ掛かりはなくもないけれど、その引っ掛かりさえも好意的に解釈したくなるくらいには気持ちの良い傑作だったのである。感想を文字に起こしながら、そんな本作の魅力……そして、前述の「引っ掛かり」について考えていきたい。
《目次》
ドラゴンの「実在感」とその恩恵 - ヒックとトゥース
『ヒックとドラゴン』は、アメリカでは古くから親しまれアニメ化もされている人気作であり、本作はその実写版。「歴史ある作品の待望の実写化」という背景もあってか、映像の肝となるVFXはとりわけ力の入ったものになっていた。
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— ユニバーサル・ピクチャーズ公式 (@universal_eiga) 2025年9月4日
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自分は日頃国内のアニメ映画ばかり観ているので、先日の『ファンタスティック4』でもその驚異的なVFXに面食らっていたのだけれど、今回の「ドラゴンという架空の生き物が確かな実在感を伴ってそこにいる」衝撃はそれ以上のものだった。特に、飛行シーンでトゥースがやや遠目に映るシーンの「翼のはためき方」は文字通り本物にしか見えずつい目を疑ってしまったり……。
また、本作におけるドラゴンの実在感といえば「ドラゴンという種の描写」も欠かせないポイント。というのも、本作におけるドラゴンは「ドラゴンのパブリックイメージ」を基本としつつも、でっぷりと肥えた個体や双頭龍、ワイバーンと呼ばれるコウモリのような種や、より「怪獣」然とした超巨大種、更にはトカゲや蛇といった実在の生物に近いものまで、非常に多くのバリエーションが登場する。
一方、それら様々なドラゴンたちは、作中で女王蜂と働きバチになぞらえられる階層構造や火炎攻撃 (ブレス) という共通項、つまりは「共通の生態」を付与されており、多彩なドラゴンのクロスオーバー……というよりも、あくまで「ドラゴンが実在の生物だったら」というifを突き詰めた一つの生物種として描かれている。このような細かなこだわりとハイクオリティなVFXによる「実在感たっぷりのドラゴン」たちだけでも、本作は一見の価値がある作品と言えるだろう。
そして、この実在感の恩恵を最も受けていたのが、本作のもう一人の主人公といえるドラゴン=ナイト・フューリーのトゥースだ。
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— ユニバーサル・ピクチャーズ公式 (@universal_eiga) 2025年8月30日
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トゥースのデザインは蛇やコウモリといった実在の生物がベースとなっており、リアルな質感ながら愛嬌 (コミック的な可愛さではなく「実在の爬虫類や猫のソレ」に近いため、リアルな世界観を損なっている訳でないのが巧い) が感じられるもの。そんな親しみやすさと実在感を兼ね備えたトゥースと、本作の主人公・ヒックの「心の交流」こそが、本作における大きな見所となっている。
自ら開発した武器でナイト・フューリーを捕えるも、トドメをさせずに彼を解放してしまうヒック。そのことがきっかけで、2人は徐々にその距離を詰めていく――のだけれど、本作ではこの「距離を詰める」ステップが細かく丁寧に描かれている。
解放されるも、ヒックを食い殺さなかったトゥース。傷ついたトゥースが心配で様子を見に行ってしまい、その後「武器を目の前で落とし、その上で食べ物を差し出す」という繊細なアプローチを試みるヒック。面と向かって触れることは許さず、かと思いきや「ヒックの真似をし始める」と好意を露にするトゥース。遊びを交えて半ばアクシデント的に近づき、目を逸らしながら「触れる」ことに成功する (トゥースに心を許される) ヒック……と、ただ一度触れるだけでもこれだけのステップを踏んでおり、更にその過程一つ一つが非常にリアル。
そのためか、この2人の交流・接近には (最終的に2人が仲良くなると分かっているのに) 終始ドキドキしっ放しだったし、トゥースがヒックの真似をし始めた時などは思わず声が出そうになってしまった。その駆け引き……あるいは「引いて押す」的な描写の積み重ねは、おそらく主に恋愛映画などで見られるアプローチなのだろうけれど、本作はそれを言葉を介さず表現しているのだから恐ろしい。
しかし更に恐ろしいのは、既に最高値を弾き出している2人の関係性描写に「先」があるということ。

引用:映画『ヒックとドラゴン』日本オリジナル本予告〈9月5日(金)全国公開〉 - YouTube
自分の行いを償うために/友達の力となるために、僅かな期間でトゥースの尾翼を作り上げてみせるヒック。その尾翼は問題なく稼働し、ヒックは晴れてトゥースの「操縦士」デビューを果たすのだけれど、ある時トゥースの背に据え付けた操縦マニュアルが風で吹き飛ばされてしまう。彼はどうにかマニュアルを掴むことに成功するが、暴風ではためく紙をまともに読むことなんてできるはずもなく――瞬間、ヒックは不意にマニュアルを投げ捨てると「トゥースに身を委ねる」ことでマニュアルなしでの操縦を実現してみせる。
2人はこの瞬間、ドラゴンと操縦士という立場を越えて、他者と他者という境界線さえも越えて「空を飛ぶ生命体」として間違いなく一つになっていた。今にして思えば、この瞬間――全く異なる生命体同士が、見た目も言葉も越えて一つになったこの姿こそが、本作が最も描きたかったものなのかもしれない。
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— ユニバーサル・ピクチャーズ公式 (@universal_eiga) 2025年9月4日
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バーク島を覆う呪い
ドラゴンの確かな実在感と、それを持って描かれるヒックとトゥースの心暖まる交流。自分はこの時点でもう十分すぎるくらい『ヒックとドラゴン』に満足してしまったし、そこから先はボーナスステージのようなもの――と思ってしまったのだけれど、本作のストーリーは「ボーナスステージ」の一言では到底片付けられないものになっていた。
╭━━━━━━━━╮⁰
— ユニバーサル・ピクチャーズ公式 (@universal_eiga) 2025年8月26日
僕は敵じゃない!⁰
╰━V━━━━━━╯
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バイキングの頭領・ストイックを父に持つ少年ヒックは、大きすぎる父の存在や母の影響からか「みんなとは違う」道を行きつつも、その実心の中では「みんなのようでありたい」と願っていたり、アスティのような同期のスターに憧れていたりと、純朴で素直なごく普通の若者として描かれていた。そんな彼が、周囲に馴染めず父に話を聞いてもらうこともできない「はぐれもの」として描かれている様は観ていてあまりにいたたまれなかったけれど、そんな彼が絆を結ぶトゥースもまた (ナイト・フューリーという種の観測例が他にないことや、その見た目などから察するに) ドラゴンにおける「はぐれもの」な様子。
本作は、そんなはぐれもの同士が「お互いの欠落を受け入れ、共に羽ばたいていく」繋がりの物語。翼が折れたドラゴンが「死んだも同然」だというのなら、誰かがその翼になればいいだけの話なのだ。
では、そんな彼らに対するマジョリティ=ストイックたちはどうだったのかというと、彼らは彼らでヒックたちとは異なる「呪い」に囚われてしまっていた。
◥◣6月15日は #父の日◢◤
— ユニバーサル・ピクチャーズ公式 (@universal_eiga) 2025年6月14日
バーク島のリーダーでもある父に認められるため
立派なバイキングを夢見て成長していくヒック🔥
そんなヒックを見守る父にも、ある変化が…
親子👨👦が織りなす感動のドラマにもぜひ注目を!
🎬『#ヒックとドラゴン』𝟗/𝟓(金)公開#映画館でドラゴンライド🐉 pic.twitter.com/gwBqbIwzuA
バーク島は、バイキングを中心に世界中のドラゴンハンターが打倒ドラゴンを目的に集まった場所。つまり、この島では「ドラゴンは滅ぼすべき敵である」という認識がコミュニティの骨子となっており、そのことはバイキングの……ひいては島そのものの頭領と言えるストイック・ヒック親子においても例外ではなく、ストイックが「息子を心配しつつも、彼をドラゴンハンターを率いる “カシラ” の跡継ぎとしか見ていない」という、ある種の視野狭窄に陥っている様は作中でも印象的に描かれていた。
しかし、そんな彼の振る舞いが「悪」と一方的に断ぜられるべきものでないのもまた事実。前述の通り、打倒ドラゴンの念で形作られていったのがバーク島という世界であり、彼らは謂わばドラゴンとの戦時下にある。ヒックの話を聞かず、彼の活躍を血筋・才能だけで片付ける傲慢は到底看過できないが、いつ自分が死ぬとも知れない状況下で「成人間近の息子を跡継ぎと見てしまう/期待してしまう」のは実際無理もない話なのだろう。彼らはバイキングという「戦士の一族」であるのだから尚更だ。
『お前ならできる』
— ユニバーサル・ピクチャーズ公式 (@universal_eiga) 2025年9月10日
父の期待に応えられないヒックと
型破りな息子と上手く接することができず
悩む父・ストイック👨👦
物語の軸となる“父と息子”の関係性は―
上映劇場一覧⇩https://t.co/srYINHhHlK
映画『#ヒックとドラゴン』大ヒット上映中🎬#映画館でドラゴンライド🐉 pic.twitter.com/JYrNCPx0lx
また、バーク島の起源である「打倒ドラゴン」という思想そのものにも、非常に根深い問題が横たわっていた。
というのも、本作におけるドラゴンは少なからず知性を持っており、人間を拐っていたのは単なる本能ではなく「巨大すぎる王を生かさなければならない」というやむにやまれぬ事情があったからだという。一見何もかもが異なっていた人とドラゴンは、その実「旧世代による支配」という同じ問題に苦しめられていたのである。
しかし、人間はその事実=ドラゴンとの和平という可能性に気づくことができなかった。それは、彼らが既に「戦いの理由」を考える由もないほどに殺し合い、お互いの命を奪い尽くしていたから。歴史を鑑み、可能性を探るだけの余裕を、積み上げられた屍と受け継がれた「仇を取らなければならない」という責務が押し潰してしまっていたから。
このような呪いが本作では度々描かれていたけれど、中でも白眉だったのが、ストイックがヒックに託した「妻が遺した胸当てで設えた兜」とその扱い。
それを被るということは、まさしく「過去の屍を背負って戦うことを誓う」ということ。その身で呪いを受け入れることに他ならない。だからこそヒックはそれを拒み、戦う道具=兜ではなく「帽子」と呼び続けた。
終盤、最後の試練においてヒックはこの兜を被ることになるが、彼の狙いはこの兜で戦うことではなく、この兜を脱ぐことでドラゴンの警戒を解くことにあった。過去の呪いを一度は身に纏い、それを自ら脱ぎ捨ててドラゴンに手を差し伸べるヒックの姿は「過去との決別」そのものであったし、試練の場で皆にその姿を見せつけ和解の可能性を示す……というヒックの戦略は、新世代の旗頭に相応しい文字通りの「英断」だったと言えるだろう。
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— ユニバーサル・ピクチャーズ公式 (@universal_eiga) 2025年8月11日
#ニコ・パーカー
🎙: #Lynn
勇敢な戦士で、バーク島の次世代バイキング期待の星。
ヒックの憧れの存在。
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ハッピーエンドを描く意味
改めて振り返ると、本作における人間とドラゴンの争いは「現実における争い」と何ら変わらないもののようにも思えてくる。
どちらが始めたものかも知らず、相手を滅ぼすまで止まることは許されず、屍と憎しみばかりが次の世代へ継承され、新たな世代がその犠牲になっていく……。そんな生々しいリアリティが、鑑賞中の自分からハッピーエンドへの期待を根こそぎ削り取っていったし、トゥースがヒックを助けに現れるシーンに端を発する破滅ドミノの絶望感はそれはもう凄まじいものだった。だからこそ、そこから「これまで試練で戦ってきたメンバーが、同じく試練で戦ってきたドラゴンと共に戦場へ駆けつける」というド直球激アツ展開がお出しされるとは夢にも思っていなかったし (ヒックの足こそ失われてしまったけれど) ネームドキャラが全員存命な上、バーク島とドラゴンの和解まで成功するというハッピーエンドは予想外も予想外。あの状態からこんな豪華な保険に入れるルートがあったんですか!?

引用:https://x.com/UCW_CP/status/1963769047302185370?t=CyapWzp_7mtn40dN_jrClA&s=19
……実際、もしリアリティに比重を置いて考えるのなら、あの状態から「こんな豪華な保険に入れるルート」は存在しないのだと思う。それを踏まえると、本作のバーク島・ドラゴン和解エンドは一般的に「綺麗事」と呼ばれてしまうものなのかもしれない。
もちろん理屈はある。手本となるヒックがバーク島の人気者になっていたこと。カシラであるストイックや、火消し団として人気を博していたアスティらが改心したこと。ドラゴンの巣から帰還するため、生き残った兵士がドラゴンと手を取り合う選択肢を取ったこと……。しかし、兵士はともかくバーク島で彼らの帰りを待っていた人々がそう簡単にドラゴンとの共存を受け入れられるとは思えないし、長い間積み重なってきた呪いが数ヶ月と経たずに解けるのか、という指摘も無視できない。
しかし、だ。ここまで丁寧な物語を紡いできた脚本がそのようなツッコミを想定していないとはとても思えない。であるなら、本作は「綺麗事」の謗りを受けることを覚悟の上で、敢えてこのラストを選び取ったのかもしれない。このラストに可能な限り説得力を持たせるために、ここまでの道程を丁寧に描いてきたのかもしれない。
何十年と待たずとも、明日にでも世界は生まれ変わるかもしれない。きっかけさえあれば、誰もが手を取り合って平和な世界を作れるかもしれない。そのような理想に「そんなことできる訳がない」「非現実的だ」「綺麗事だ」と唾を吐くのは簡単だ。けれど、誰だって本当は「世界に綺麗であってほしい」もの。そんな理想を堂々と描けることにこそ、創作の価値があるはずだ。
なのに、その眩しさを頭ごなしに「ありえない」と否定してしまうのなら、その諦めは――あるいは、あなたにそう思わせてしまうこれまでの経験も――バーク島を覆っていた「呪い」と同じものなのかもしれない。
どんなに長い戦争だって、きっと明日には終わるかもしれないと。相手が何者であっても、手を取り合って分かり合えるのが人なんだと。そんな希望を真っ直ぐに掲げる本作のフィナーレは、創作において忘れてはならない「王道」そのもの。そんな誠実な作品が、この2025年というご時世に「ファミリー向け映画」として送り出されたことの意義を、一人でも多くの方に感じてほしいと願わずにはいられない。
映画『#ヒックとドラゴン』
— ユニバーサル・ピクチャーズ公式 (@universal_eiga) 2025年9月4日
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『ヒックとドラゴン』は、現在様々なラージフォーマットで公開中……なのだけれど、ただでさえ「海外産のファミリー向け映画」「夏休みが終わったタイミングでの公開」と肩身が狭い上に、2025年9月の映画館ではラージフォーマット含めて『鬼滅の刃』が大盛況。結果として、本作の上映数は既にかなりの勢いで減り始めている。
本作は映画の大スクリーンでこそ真価を発揮する作品。万が一本作の鑑賞前にこの文章に辿り着いた方がいらっしゃったら、手遅れになる前に是非劇場のスクリーンへと……願わくばラージフォーマットのいずれかへ足を運んでみてほしい。小難しいことを色々と書いてしまったけれど、ドラゴンという存在や「王道」の物語が好きな方はもちろん、そうでない方々にも広く響くポテンシャルを持っているのがこの作品。2025年夏の最後の思い出を、彼らと共に爽やかに締め括ってみてはいかがだろうか。