背筋氏による掌編で、その紙面は何とたったの60ページ。にもかかわらず非常に高い満足度と濃密な恐怖が感じられるのは、『近畿地方~』『穢れた~』の2作でも用いられてきた「地の文をカットする」という手法が顕著に用いられた結果、紙面に比してボリュームのある内容になっていること……そして何より、問題の「アンケート」の存在が理由だろうと思う。

本作の立て付けは、翔太、竜也、美玲、健、颯斗という5人が各々の体験について語った録画データを文字起こししたもの……つまりは「地の文」を用いず (ほぼすべて) 語りのみで進行するという特異な構成になっている。
そんな本作で語られるのは「呪いの木がある霊園で肝試しを行い、怪奇現象に見舞われた」というエピソード。録画データの日付が連続している (5人が同じ場所で順番に録画を行っている) ことから5人は一つのグループだと思わされるけれど、本作にはこの点含め多くのミスリードが仕掛けられており、一連の語りは「竜也を呪い殺そうとした翔太と、その代わりに呪われてしまった杏」と、「自殺した杏の成れの果てを目撃してしまった健と颯斗」という2つのエピソードを述べた別個のものだと明らかになっていく。この巧妙なミスリードは、本作が地の文をカットしている=違和感なく情報を削ぎ落とせる構成ならではのものだろう。
しかし、地の文を割愛し情報を削ぎ落とした結果か、本作は最後まで読んでも「結局、彼らはどんな状況で録画を行ったのか」が判然としない。事の発端となった翔太が自殺したらしいとは分かるが、なら他のメンバーはどうなったのか? 彼らは一体どんな状況で、何をしていたのか? 自分の読解力不足かとも思ったけど、どうやらこの現状は正しかった (=作者の想定内だった) らしい。そのことを、自分はページを捲った瞬間に悟らされた。
前掲の文章を音読後に、大学生5人が霊園の大木の下でロープを首にかけた状態で、あの日のことを語り合い、自分が話し終えて許されると、ひとりずつ台を蹴って自ら命を絶った光景をイメージしましたか?
-「口に関するアンケート」P.62 より
最後の見開きは、なんと「この “創作怪談” についてのアンケート」になっており、上記の設問がその締め括りとなっている。そう、この作品はなんと「アンケートという形態で情景描写を補完する」というあまりに新しい切り口の小説だったのである。
これだけでも読書体験として非常に面白いし、これまでの語りを「創作怪談」と断言することで「じゃあ、このアンケートは何なのか」とかえって本書全体に真実味を持たせる手法はあまりに見事……だったのだけれど、すべての謎が解けた訳ではなかった。杏に直接関わっていた3人はともかく、なぜオカルト研究部の2人まで彼らと共に集まり、そして自殺してしまったのか?
素直に考えるなら、3人は直接杏の怨みを買ったから。2人は死後の杏に関わってしまったから……となるけれど、本作で描かれている「木」のエピソードを踏まえると、少しだけ違った可能性が見えてくる。
誰かが、昔、木に意味をくっつけちゃったんでしょうね。よくない目的で。それが大勢の人が噂したり、肝試しに行って騒いだりして、色んな形で話されていくうちにどんどんそういう木になっちゃった。火のないところに煙が立ったんでしょう。ほんと、口は災いのもとですね。
-「口に関するアンケート」P.47 より
件の霊園に聳え立っている呪いの木は、元々は様々な人々の願いを受け止めるただの木だったのだという。しかし、年月が経つうちに「呪い」を願う人が現れ、そのことが広まり、いつしか呪いの/呪われた木という認識が定着してしまった。その結果、木に訪れるのは「呪い」を願う人ばかりになってしまったのだという。今も昔も、世間とは悪いニュースの方が広まりやすいもの。この木は、人々に勝手に願われ、勝手にその存在を歪まされたある種の被害者と言えるだろう。
一方、杏は「霊園の木に貼り付くセミのように死んでほしい」という呪いを浴びて死んでしまった。もしかすると、この時点で杏はこの木が纏う呪いの一部 (あるいは木の “巫女” ?) になってしまったのかもしれないし、もしそうなら、彼女もこの木同様に「望まれたものを返す」存在になったのかもしれない。
3人には彼らが求める贖罪としての死を。2人には求められた呪いを。であれば、彼らを殺めたのは彼ら自身の――そして、この木を語ってきた数多の「口」なのだろう。
そして、その「口」は何も言葉だけとは限らない。美玲がテレビ越しの絵馬に邪気を感じたように、本作で語られる呪いの本質が「情報」であるなら、私がこうして本作について文章を書くことも呪いを広め、強固にする行いの一つと言える。
同様に、今も様々な人がこの作品に触れ、各々の認識を情報として発信している。その過程が――人の声が結果を作り上げていくアンケートのように――この作品の在り方を定めていくことで、件の「創作怪談」はきっと何らかの形で現実を蝕み始めてしまう。その始まりが「セミは恐怖の対象である」という認識の上書きであるなら、本書……そしてあの裏表紙に触れてしまった私は、既に逃げ道を失ってしまったのかもしれない。