TV放送の特撮ヒーロー作品には「放送中は賛否両論だったけれど、放送後に評価が上がる」ものが多い。本編が再評価されたり、本編後に製作された作品が魅力的だったり……。自分にとっては『ウルトラマンアーク』もそんな作品の一つだった。
リアルタイム視聴時は、自分の中でも賛否両論だった『アーク』本編。しかし、そんな本編に対するモヤモヤを見事吹き飛ばしてくれたのが、2025年2月公開の『ウルトラマンアーク THE MOVIE 超次元大決戦!光と闇のアーク』。
ある種の誇張宣伝や、有効活用されたとは言い難いアーマーチェンジ、上品故の弾け足りなさ (瞬間最大風速の弱さ) といったアーク本編のウィークポイントを払拭し、スペシャル感満載かつドラマチックな「ユウマとシュウの物語」を見せてくれた本作。そのおかげで、自分の中では『アーク』という作品全体への好感度がグッと高まっていたので、今回の舞台には「強いて言うなら本編後のユウマたちが観れたらいいな」という素朴な期待と安心感を胸に臨んで――2時間後、その凄まじい内容に言葉を失ってしまった。『NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンアーク編 〜さいきょうのヒーロー〜』は、歴代のウルトラシリーズ舞台作品でも指折りの、『ウルトラマンアーク』のフィナーレを飾るに相応しい傑作ステージだったのである。
※以下、『NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンアーク編 〜さいきょうのヒーロー〜』や『ウルトラマンアーク』関連作のネタバレが含まれます。ご注意ください※

引用:https://x.com/tsuburaya_event/status/1893844600894455978?t=IyKmahnk4aoHhhYJB5yZtg&s=19
《目次》
- オープニングアクト~前半 -「舞台作品」としての魅力とユウマの帰還
- 後半 - まさかのリベンジ! “ブレーザーの世界” 再び
- 2人のユウマと「想像」が集う場所
- “さいきょうのヒーロー” とは何か
- さらば、ウルトラマンアーク
オープニングアクト~前半 -「舞台作品」としての魅力とユウマの帰還
自分が観劇したのは、2025年6月21日 (土) 15:00~の埼玉公演。満員の観客が『arc jump'n to the sky』に手拍子を鳴らす中で幕が上がると、ステージに立っていたのはウルトラマンゼロ、ゼット、トリガー、デッカー、ギンガ、そしてウルトラマンルーブ!
近年ではお馴染みとなったオープニングアクトだけれど、毎回誰が立っているか分からないサプライズ感とそのカッコ良さには何度観ても「おぉ……!!」と声が漏れてしまうし、中でもルーブは今回のビックリ枠。「Ready to beatをBGMにオーブダークと戦うルーブ」、本編で見たかったヤツすぎるよ!!
そんなルーブをはじめ、主題歌メドレーを背に各々の宿敵と戦っていくウルトラマンたち。華麗な幕開けに満足しきったところで、そこから不意打ちで「もう一つのオープニングアクト」が始まった。
壇上に現れたのは、舞台ではお馴染みの移動型スクリーン。幼少ユウマの回想と共にアークの絵が投影されると、突如そのスクリーンが開き、中から飛び出すウルトラマンアーク(実物)!! そ、想像力~~~~ッッッッッ!!!!!!!!!!!!
(このスクリーンはカーテンのように開くのだけれど、スクリーン面がやたら綺麗で風に揺れたりもしないので「中心が開く」だなんて全く想像できなかった。舞台装置って凄い……!!)
して、主題歌と共に始まるアークのオープニングアクト。前述の「絵の中から飛び出してくるアーク」という粋すぎる演出に加え、幼少ユウマの回想に合わせてアークギガバリヤー、アークアイソードを切り替えながら戦うアツい……もとい「染みる」アクションに会場は大盛り上がり。その興奮冷めやらぬ中で現れたのが、我らが石堂シュウ=金田昇氏!
熱い厚い暑いthe live!
— 金田 昇 (Kaneta Sho) (@Sho_Kaneta) 2025年6月21日
ありがとうございましたー‼️#ウルトラマンアーク pic.twitter.com/DdGt8QssTJ
ウルトラシリーズの単独舞台作品 (ウルサマなどのイベントとセットでないもの) は、近年だと第1部 (前半) ・第2部 (後半) で明確に違う味付けをされていることが多い。それは今回のアークTHE LIVEも例外でなく、前半は観客参加型の賑やかな作風になっていた。
物語の舞台は、本編最終回でユウマが旅立ってから3ヶ月後。例の電話が鳴り、ユウマからの帰還連絡があった直後……つまり、描かれるのは本編最終回のその後。シュウとユピーがユウマを待ちつつ、SKIPとしての活動に精を出していると、そこに現れたのはなんとヘルナラクの一派。怨念の力で蘇ったヘルナラクとその部下たちを「アークに頼らず」迎え撃とうと必死に戦うシュウとユピーに、実体を失ったザンギルが (ユピーに憑依するという形で) 加勢するも、そのザンギルもヘルナラクの手で操られ実体化、敵として2人に襲いかかってしまう。そんな絶体絶命の窮地に、遂に帰還するユウマ=ウルトラマンアーク!
劇場版で描かれた「その後のユウマ」はややイレギュラーな存在だったため、この帰ってきたウルトラマンアーク (シュウが本当にそう言う場面がある。辻本監督リスペクトだ……) の姿には感動もひとしお。そんな会場の盛り上がりに応じるかのように、アークは早々にギャラクシーアーマーを装着。舞台両脇に現れた移動スクリーンに「たいようのちから」と「つきのちから」の絵が映し出されると、中から飛び出したのはウルトラマンアーク ソリスアーマー&ルーナアーマー! ……こ、こんな粋なトリプルアーマードッペルゲンガーがあるんですか!?!?!?!?

引用:https://x.com/ultraman_series/status/1856260788807418019?t=0bQzLFJJKkkHkBbD59E4kg&s=19
この舞台、特に前半におけるMVPは間違いなく件の移動スクリーン。「絵の中から飛び出してくる」演出が素晴らしかったのはもちろん、この中に武器を仕込むことで「袖まで行って武器を取り出す」というステップを省けるし、更にはこのスクリーンとスーツ2着を使って「ギャラクシーアーマーのワープを完全再現する」という圧巻の演出も。高いレベルでアナログとデジタルが融合した=ニュージェネレーションウルトラマンシリーズの息吹を感じる本作においても、その魅力は特に際立っていたと言えるだろう。
(舞台背景の巨大スクリーンも、アークを映すことでバックハグ変身を再現したり、アークとザンギルのダブル斬鬼流星剣を大迫力で演出していたりと、移動スクリーンに負けず劣らずの大活躍だった)
後半 - まさかのリベンジ! “ブレーザーの世界” 再び
アークが帰還し、ザンギルが正気を取り戻したことで形成は逆転。ヘルナラクの腹心や亡霊怪獣を撃破することには成功したが、ヘルナラクは既に「もう一つの世界」= ブレーザーの世界へ向かっており、ユウマはユピーと共にそれを追うことに。「ここでシュウさんの出番終わり!?」というショックはあったものの、それ以上に「ブレーザー編のリベンジが観れる」というワクワクで文字通り心臓が張り裂けそうになっていた。
『Z』以降、『トリガー』『デッカー』と、ブレーザーを除いて定番になっていた終盤の客演回。方向性は様々ながらもいずれも大きな話題を呼んでおり、今回の『ブレーザー』は話数を見ればその立ち位置……に見えてしまうのが当然の心理。その上で「4週に渡るブレーザー編」であるかのように宣伝されたり、ブレーザーの登場前に、声だけとはいえザンギル本人が登場して印象的な活躍を見せたりと、こんな盛大な前フリをされてしまったら「これまで以上」のものを求めてしまうのはやむを得ないだろう。
確かにブレーザー編は「悪くはなかった」けれど、問題はこのような前提の上でお出しされてしまったことによるガッカリ感。同じラーメンでも、何となく入ったお店で食べるラーメンと「大人気のラーメン屋に数時間並んだ末に出されたもの」とでは、こちらの「美味しいと感じるハードル」は全く違うものになるし、ブレーザー編のそれは、視聴者の心理を想像し損ねてしまった、ある種の誇大広告と言われても仕方のないものだったように思うのだ。
引用:総括感想『ウルトラマンアーク』- 想像に "現実を変える力" はあるか? 新体制の挑戦作が描いた「想像力」とは何だったのか - こがれんアーカイブ
凄まじい賛否両論となった『アーク』ブレーザー編についての所感は上記の通り。詳しくは元記事を参照していただきたいのだけれど、自分はこの一連に大きなショックを受けてしまったタチなので、本作後半に寄せる期待はそれはもう凄まじかった。年末年始の『ウルトラヒーローズEXPO ニューイヤーフェスティバル』で「テルアキ搭乗のアースガロンがブレーザーと共にアークを救う」シチュエーションが描かれていたこと、幕間にこれまでのアークTHE LIVEをまとめたダイジェスト映像が流されていたことも、そんな期待を高めていたように思う。
では、実際に蓋を開けてみてどうだったのか……と言うと、最初はやや肩透かしに感じなくもなかった。「最初」だけは。
ブレーザーの世界に駆け付けるや否や、亡霊怪獣の襲撃を受けるアークとユピー。そんな2人を救ったのは、もちろんブレーザーとアースガロン! スパイラルバレード&アークスパイラルバレードという夢の合体攻撃で会場が湧き立つ傍ら、ブレーザーとアースガロンが「誰の声で」「そもそも、喋るのかどうか」という点については、来場者一同で緊張感を共有しているような妙な感覚があった。
結論から言えば、今回の2人は「ブレーザーは喋らない (蕨野氏の出演は無し) 」「アースガロンはイーゴイス (EGOISS) の人格でずっと喋っている」という仕様。最初は「ゲントチャンス失敗かッ……!」とやや渋面してしまったけれど、それはあくまで最初だけだった。
というのも、そもそもブレーザーは「変身中にゲントの人格が明確に表出する」ことがない。本編中はもちろん、ウルサマなどの舞台作品でもそれはほぼ一貫している (希に例外もあるが、その時はブレーザーというより、画面に映ったゲントが喋る形を取っている) ため、「ブレーザーの姿で喋るゲント」がどのようになるのか、そのサンプルケースは現状存在していない。つまり、仮にゲント役・蕨野友也氏を呼べたとしても、映像作品で存在しない「ブレーザーの姿で喋るゲント」を、限りなく正史に近い本作で登場させるわけにはいかないのだ。
そんな理屈を考えれば、『アーク』本編同様ゲントの人格が表に出ないことにも納得がいったし、アースガロンことイーゴイスが石田彰氏の新録でずっと喋り続けてくれること、彼が同じAIロボットであるユピーとガッツリ絡んでくれること、その傍らで「ブレーザーと必死にコミュニケーションを取ろうとするアークと、彼の言うことが分からず事あるごとに壇上から消えるブレーザー」というウルトラ漫才が見れたこと、そして「ファードランアーマーとギャラクシーアーマーの共闘」という待望のシチュエーションが見れたことで満足感は2000%。
ゲントらSKaRDキャストの出演がなくてもガッツリと満足感を得られたこの一連は、転じて「ブレーザー編の問題点は、SKaRDが出演しなかったことそれ自体よりも、むしろ誇張宣伝の方だった」ことを再認識できる機会でもあった。本人を客演させるだけが良い客演とは限らない、と示すサンプルケースとして、このパートが今後も末長く語られていってほしいところ……。
(前述の「テルアキ搭乗のアースガロンがアークの窮地に駆け付ける」姿が観れるステージはこちら。「SKaRDは受けた恩を忘れない!」と力強く言い放つテルアキの姿は垂涎もの……!)
2人のユウマと「想像」が集う場所
戦いの中で親睦を深めていくアーク、ブレーザー、ユピー、アースガロン。そんな4人の前に現れたヘルナラクは、ユウマたちの力に対抗すべく「世界線も時間軸も不安定な冥界を介して、親を喪ったばかりのユウマとリンクし、彼の想像力を利用する」という外道な戦法で自らを強化。改めて文面にするとそのエグさ……よりも、むしろ突飛さの方に突っ込みたくなってしまうけれど、たとえ突飛でも「ユウマの最後の敵が、傷ついた自分自身」というシチュエーションには思わず嘆息してしまうものがあった。
ギヴァスという予想外の存在がアークを救ってくれたように、人は自分が思わぬところでたくさんの縁を結んでいる。そして、そのように自分を救ってくれる「縁」とは、いつかの自分が誰かを想った「想像力」が紡いだもの。それこそが、形を持たない想像力がくれる「現実に立ち向かう力」なのではないだろうか。
引用:総括感想『ウルトラマンアーク』- 想像に "現実を変える力" はあるか? 新体制の挑戦作が描いた「想像力」とは何だったのか - こがれんアーカイブ
『アーク』とは想像力が紡ぐ縁の物語。誰かを想う「想像力」が「縁」となり、巡り巡って自分自身を支えてくれる。そんな想いの輪こそが本作の描いた「円弧」であり、その中心には常に本作の主人公=飛世ユウマの存在があった。
この度『ウルトラマンアーク』で主人公・飛世ユウマを演じます。
— 戸塚有輝(Totsuka Yuki) (@yuki_totsuka) 2024年4月4日
世界中のファンの方々が持つそれぞれの想いに、精一杯応えたいと思います。いつか、皆様と直接お会いできる日を楽しみに…!
何卒よろしくお願いします!!
2024 年 7 月 6 日(土)あさ 9 時 スタート!#ウルトラマンアーク#ULTRAMAN pic.twitter.com/A3EaW7ZFQd
幼い頃に両親を喪い、以来ずっと「前を向いて走り続ける」ことでその痛みに耐えてきたユウマ。『アーク』本編のユウマは一見ごく普通の青年だったけれど、最終回で彼の本音を聞いてしまうと、もう彼を「普通」と思うことはできなくなってしまった。
父の遺した言葉 =「走れ、ユウマ!」とは、彼の生きる原動力である前に父の遺言、つまりユウマにとっては最大のトラウマと紙一重でもある。にもかかわらず、父の遺志を正しく受け取って立ち直り、クレヨンを手に自身を鼓舞し続け、父のように「どんなに自分が辛くても、他人を想いやる想像力を捨てない」人間になった……だなんて、到底「普通」と括れる精神力じゃない。その異常性をユウマの個性・強さと取るべきか、はたまた自分の知らないストーリーがあったと取るべきか、劇場版まで見ても晴れなかったその疑問に対して、この舞台で一つの回答が提示されることになった。
幼少ユウマとリンクすることでその想像力を利用し、次々と超能力を発揮する強化ヘルナラク。その圧倒的な力を打破すべく、ユウマはユピーの協力を得てヘルナラクとリンクし、幼少ユウマを説得しようと試みる。
幼少ユウマにとって、ヘルナラクとのリンクは夢の中の出来事。両親を喪った心の痛みを晴らすかのように暴れるかつての自分を優しく導きつつ、ユウマは「辛くなった時は、あの言葉を思い出して」と語りかける。すると次の瞬間、彼は「ユウマくんに “あの言葉” を一緒に届けてほしい」と “こちらを向いて” 口にした。
壇上から「あの言葉を叫んで」と指示されることはウルトラシリーズの舞台では日常茶飯事。「がんばれー!」を筆頭に、ウルトラマンの名前をご唱和したり、「光よぉぉーーー!!」のような原作再現もある。そのバリエーションは多種多様なれど、決まって事前に「こう言ってね」という指示があるので、どの場合にもしっかり会場が一体になっていた。
そのため、ここでユウマから「具体的な指示」がないのは極めて異例なこと。にもかかわらず、会場の誰もが――前半のレクリエーションパートなどでは声を出し渋っていた大人たちも――躊躇いも迷いも一切なく、渾然一体となって叫んでいた。
「「「走れ、ユウマ!」」」
『アーク』は、高めのリアリティラインやSFとしての作り込みに反し、とても牧歌的で暖かい物語だった。それはきっと、その世界に生きる誰もが傷を抱え、それでも「一人ではなかった」からだろう。
リンにはユピーがいた。フィオと通信していた木崎カズオにはユウマがいた。夢咲き鳥を呼んでしまった芝アオイにはリンがいて、ヒロシは娘に尊敬されていた。それは幼少ユウマも、今のユウマも例外ではない。そのことを証明するかのように、この最終決戦の場にはたくさんの仲間たちが駆け付けてくれた。
ユウマの想像力が手繰り寄せたのは、ギヴァス、ザンギル、『サマーフェスティバル2024』のバルキー星人 (ボス) 、ムクムク、レッドキング (母) 、『ニューイヤーフェスティバル2025』のキングギャラクトロン (リョウトのロボット) !
彼らにブレーザー、アースガロン、ユピー、そしてシュウを加えた――あくまで『アーク』の世界観内で完結している――圧巻の大集合は、近年のクロスオーバーを控える方針に対する「画が地味になるのでは」という懸念を吹き飛ばす完璧なアンサーであると同時に、これまで夏・冬のイベントを追いかけてきたファンに対する最高のご褒美でもあった。
そして、この大集合が『アーク』本編のリアリティラインで成り立つのも『アーク THE LIVE』ならでは。というのも、舞台とはそもそも作り手・観客の「想像力」があって初めて実現するもの。その壇上は、想像力を武器に戦うウルトラマンアークの力が最も高まるホームグラウンドであり、この奇跡は謂わば「必然」だったのだ。
とはいえ、全くロジックが通ってないか……というとそういうわけでもない。ヘルナラクが冥界の「時間や空間が入り乱れている」という性質を利用して幼少ユウマにアクセスしたように、ユウマの想像力が冥界を介して、時間や場所を越えて彼らを呼び寄せた、と考えればリョウトのロボットのような特殊な存在が現れたのも筋は通るし、「彼の変身」について理屈を通すことも不可能じゃない。が、この夢の景色を前にあーだこーだと考えるのは野暮なことだし、そもそも、あの光景を前にそんな余裕なんてあるはずもなく……。
シュウが一人で敵と戦い始めた辺りから会場には妙な緊張感が漂っており、彼がアークキューブを取り出した瞬間には辺り一帯から悲鳴が上がっていた。出ると思ってはいたけれど、本当に出てくるとは思ってなかった (?) んですよ、ギルアーク!!
その戦闘スタイルは、劇場版同様にダウナーで禍々しいもの。それに「正義の心を持ったシュウが変身している」というのが何ともたまらなかったし、ギルアークの戦いにユウマが立ち会わないのも、本編を尊重した良い配慮だった (今後ギャラクシーファイトなどで共闘することがあった場合に齟齬を起こさないように、というのもあるだろうけれど) ように思う。
このように「配慮はしつつも、視聴者の見たいものをしっかり見せてくれる」というのは、まさに劇場版アークが見せてくれたウルトラC。今回もそんな「視聴者の期待に応えてくれるアーク」の象徴になったギルアーク、本当に美味しい存在ですよ……!
“さいきょうのヒーロー” とは何か
ユウマがヘルナラクとリンクし幼少ユウマの説得を行うためには、ユウマとルティオンが一時的に分離する必要があった。アークではなく、ルティオンの姿でヘルナラクと戦うことになる彼を気遣うユウマだが、ルティオンは力強く言い放った。「君に誰かを喪う悲しみをもう一度味わわせたくはない、だから私は絶対にいなくならない」と。
ヒーローとは、得てして「自分を大切にできない」ことと隣り合わせだ。時に自分の命さえ投げ出して他人を守ってしまうその異常な善性は、転じて「自分を大切にしない」「自分を大切に思う誰かの気持ちを理解できない」という欠点でもある。それは、ウルトラマンアーク=ルティオンとユウマも例外ではなかった。
地球人に――とりわけ、モノゲロスから両親を守れなかったユウマに――罪悪感を抱えながら戦っていたルティオン。一方のユウマも、生来の想像力はもちろん「走れ、ユウマ!」という父の遺言を守ろうとするある種の強迫観念や、両親を見捨ててしまった罪悪感から、他人のために躊躇わずその身を投げ出してしまう青年だった。
仮にそれらの原因が取り除かれたら、彼らは自分を大切にできるのだろうか? 答えは否だ。ゼ・ズーとの戦いが終わっても、ユウマに赦されたとしても、ルティオンの抱えた罪悪感が晴れることはない。両親と再会し、少年期の自分に別れを告げられても、誰かのために己の身を投げ出してしまうユウマの性は変わらない。それもそのはず、それらはあくまできっかけに過ぎず、根本的な問題は彼らの持つ善性=人格にあるからだ。
けれど、そんな彼らもまたようやく「自分を大切にする」方法を見つけることができた。それが件のルティオンの台詞 =「君に誰かを喪う悲しみをもう一度味わわせたくはない、だから私は絶対にいなくならない」である。自分を大切にできない底抜けの善人である彼らは、「自分を想う誰かを大切にする」ことで、ようやく「自分自身を大切にする」ことができるようになったのだ。
幼少ユウマの説得に成功し、ユウマは再びルティオンと一体化、ウルトラマンアークへと変身するが、その画はなんと「ユウマがルティオンを抱き締める」というもの。その瞬間のユウマがどこか心地好さそうな/何かを噛み締めるかのような表情をしていたのは、誰かを愛し、抱き締めることで、彼もまた自分自身を大切にできるようになったからなのかもしれない。
して、そんな2人が一つになって生まれるのがウルトラマンアーク。互いを想いやり、誰かを想いやり、すべての命を守ろうとするその姿を、幼少期のユウマは確かに見守っていた。
彼にとって、すべては夢の中の出来事に過ぎない。けれど、幼いユウマが「さいきょうのヒーロー」としてウルトラマンアークの姿を描いていたのは、自分の心を救ってくれた彼の姿が、何者にも代え難い一番星だったからなのかもしれない。
さらば、ウルトラマンアーク
幼少ユウマが新たに生み出した力=サトゥルーアーマーによって形成は逆転。ヘルナラク軍団に引導を渡したことで、『NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンアーク編 〜さいきょうのヒーロー〜』はその幕を下ろす。
……と、思いきや。
ラストを締め括るフィナーレにて、ウルティメイトシャイニングウルトラマンゼロ、エクシードX ベータスパークアーマー、タイガ フォトンアースら、近年の「アーマーウルトラマン」が大集合、そして、その中には念願のギルアーク ギャラクシーアーマーの姿も!!
フィナーレステージではアークもサトゥルーアーマーを纏っており、結果アーク サトゥルーアーマー&ギルアーク ギャラクシーアーマーというスペシャルアーマーの共闘が実現……!!何から何までありがとう、『NEW GENERATION THE LIVE ウルトラマンアーク編 〜さいきょうのヒーロー〜』……!!
『タイガ』の時は本編や劇場版と同じ時期に行われていた「現行作品の単独舞台」も、今はツアーファイナルが5~6月に行われ、劇場版と次回作との橋渡しを担うのが毎年の恒例になっている。このTHE LIVEシリーズに魅せられ続けている身としては、同シリーズがウルトラの通年展開において一定の地位・役割を確立したことが嬉しいのはもちろん、舞台作品がキャストの皆様を送り出す「グランドフィナーレ」になっていることは (個人的な思い入れを差し引いても) コンテンツの在り方としてとても理想的なように思う。
一つは、キャストの皆様が、最後の最後に「生の歓声を浴びれる」こと。もう一つは、様々な制約があり、作り手としても思うようにいかないことが多いであろうTV本編や劇場版に対し、舞台作品は自由度が高い=今回のような「お祭り」や「本編の補完」がやりやすいこと。
ともすれば、それは「舞台で補填できるからという甘え」に繋がってしまうかもしれないけれど、ウルトラシリーズは本編と舞台の製作陣が密接に結び付いているわけでもない (だからあれだけ自由にやれている) ので、両製作陣はどちらも「甘え」なんて持っていないはず。むしろ、本編と舞台とで切削琢磨し合える関係になれればそれはとても素晴らしいことだと想うし、ツアーや配信が解禁され、多くの方が舞台を目にできるようになった今だからこそ「もっとTHE LIVEシリーズに脚光が当たってほしいな」と願わずにはいられないところ。
そして、その時はもうすぐそこまで迫っているのかもしれない。
今回のTHE LIVEでも会場を湧かせてくれたニューヒーロー、ウルトラマンオメガ。そのメインライターを根元歳三氏と共に務めるのは、舞台畑の出身であり、これまでもウルトラ舞台シリーズを第一線で支え続けてきた足木淳一郎氏!
氏は『デッカー』期のTHE LIVEでも、盟友・坂口俊昭氏と共に、本編や劇場版、5つのステージを股にかけた「もう一つの本編」とでも呼ぶべき一大サーガ (大傑作) を作り上げた実績の持ち主。オメガの舞台群が一体どのような進化を見せてくれるのか、既に配信が始まっている『アーク THE LIVE』を噛み締めながら心待ちにしていたい。
NEW GENERATION THE LIVE#ウルトラマンアーク 編
— U-NEXT (@watch_UNEXT) 2025年6月21日
〜さいきょうのヒーロー〜 in 埼玉
U-NEXTで独占見逃し配信中💁♀️
ウルトラマンアークの活躍を描く迫真のライブステージを7/6(日)まで期間限定見逃し配信中🌠#ウルトラマン#戸塚有輝#金田昇


![[バンダイ(BANDAI)] ウルトラヒーローシリーズ 100 ウルトラマンアーク ギャラクシーアーマー [バンダイ(BANDAI)] ウルトラヒーローシリーズ 100 ウルトラマンアーク ギャラクシーアーマー](https://m.media-amazon.com/images/I/41Zl-Uk4NAL._SL500_.jpg)
![[バンダイ(BANDAI)] ウルトラ怪獣シリーズ 226 ヘルナラク [バンダイ(BANDAI)] ウルトラ怪獣シリーズ 226 ヘルナラク](https://m.media-amazon.com/images/I/41prAtpvNFL._SL500_.jpg)
![[バンダイ(BANDAI)] ウルトラアクションフィギュア 闇戦士ギルアーク [バンダイ(BANDAI)] ウルトラアクションフィギュア 闇戦士ギルアーク](https://m.media-amazon.com/images/I/31KlHNnQZIL._SL500_.jpg)


