自分は成人して久しいオタクだけれど、それでも未だに難しい話が苦手だ。
シンプルに頭が付いていかないというのは勿論、聖書や神話、科学や生物の知識がある訳でもないので、シナリオ上の「当たり前」に置いていかれることもしばしば。結果、そのような要素が多く含まれるアニメに苦手意識が生まれてしまった……のだけれど、そこには当然いくつかの例外がある。その一つが、2006年放送のロボットアニメ『ゼーガペイン』。
量子もつれを意味する「エンタングル」がキーワードであるように、非常にSF色が濃いアニメであるゼーガペインは、一方で主人公のソゴル・キョウをはじめ、哲学を引用するキャラクターが多いのも大きな特徴。言ってしまえば、このゼーガペインは文・理どちらの方面にも隙のない「凄く難しいアニメ」なのだ。
事実、自分はこの作品を何周しても理解しきれていない。楽しみきれていないんだろうな、とも思う。けれど、自分のような「難しいことが分からない」人でもしっかり楽しめる作りになっているのがゼーガペイン。
ホロニックローダーをはじめとする、先鋭的で美しいメカニックデザインや、タイムリープする水泳部に象徴される儚い青春模様。様々な魅力が溢れる本作だけれど、その中でも突出したものといえば、何といっても「こちらの予想を越えていく、衝撃的な展開の数々」だろう。
「自分が生きていた舞浜は、サーバーの中に作られた仮想空間だった」という壮絶な仕掛けや、カミナギ・リョーコが辿る激動の運命など、本作のストーリーラインはどれか一つだけでも1クールアニメが作れてしまいそうな劇薬ばかり。それらが交わり、重なっていくダイナミックかつ切ない物語は、本作がいかに周到なハードSFかを理解できない自分のような人間でも十二分に楽しめるものだった。
つまり、ゼーガペインの面白さ……あるいは「ゼーガペインらしさ」とは、その難解なSF設定そのものというよりも、精緻な背景に裏打ちされた「こちらの予想を越えていくストーリー」なのではないか、と思うのだ。
そんな感情を後押ししてくれたのが、本作の再編集作品である『ゼーガペインADP』。テレビシリーズでは既に消滅していたキャラクターが多数登場して物語を繰り広げる「過去編」としての旨味を順当に押さえつつも、本作最大の面白さと言えるのはその構成。
というのもこの作品、前述の通り「テレビアニメ版の再編集映画」でありながら「過去編」になっている。なぜなら、ゼーガペインは所謂「ループもの」なので、テレビアニメ版の映像をベースに新規映像を加えることで、なんと過去編が作れてしまうのである。そんなのってアリ!?!?
(ただ、テレビアニメ版の映像をベースにしてしまったせいで「キョウの性格が自爆前後で違う」という設定が自壊し、シズノ命名シーンなどに違和感が生まれてしまったのが何とも惜しいところ)
して、そんなゼーガペインから18年、ゼーガペインADPから8年が経過した2024年8月16日、遂に待望の「最終回後の物語」……のような気配を漂わせる新作映画『ゼーガペインSTA』が公開。
ゼーガペインなので「絶対何かあるだろう」と思い、極力前情報を入れない状態で、台風に怯えながら公開初日に鑑賞。以下、その感想 (ネタバレあり) になります。ご注意ください!
正直、開始直後は不安の方が強かった。90分尺というのは上映時間から分かっていたのだけれど、最初に始まったのは『ゼーガペイン』テレビアニメ本編と『ゼーガペインADP』を繋ぎ合わせた総集編。続編のイントロとして前作群の総集編を流す、というのは気が利いていて好きな方式だし、その映像自体は感服モノの公式MADだったのだけれど、こんなに時間使って大丈夫!? という焦りも大きく……。
【#ゼーガペイン新作】
— ゼーガペイン 公式アカウント (@zega_official) 2024年8月13日
『#ゼーガペインSTA』8/16公開
『ゼーガペインSTA』は
◾️TVシリーズ『#ゼーガペイン』と『#ゼーガペインADP』を振り返る「レミニセンス編」
◾️TVシリーズの後日譚となる「オルタモーダ編」
の二部構成‼️
今年の夏は劇場へエンタングル!
上映劇場▶https://t.co/x7914ccr6y pic.twitter.com/eJQAITA8v6
そして、そんな焦りはここから更に積もり積もっていく。
テレビアニメ最終回、リザレクションシステムで実体を取り戻したハズのキョウが再びサーバー内空間にいることで「最終回やエピローグ後の話じゃなくて、本編内の外伝か……?」と思ってしまったり、既に総集編を流しているのに、その上で「キョウの記憶が蘇る」シーンでダイジェストを挟んだり……。なぜかそこで復活するのが「自爆前」のものであることに違和感を覚えはしたけれど、その直後、突如始まるスクライドに意識を持っていかれてそれどころじゃなかった。
【解禁情報②】
— ゼーガペイン 公式アカウント (@zega_official) 2024年3月1日
新キャラクターのハル・ヴェルト(CV. #河西健吾 )が登場する『 #ゼーガペインSTA 』ティザー予告が公開!
是非こちらからご覧ください!
🎬ティザー予告https://t.co/Ht9XQDWFaD#zega#ゼーガペイン
『STA』で初登場となる新キャラクター・オルタモーダたち。ガルズオルムの侵略で危機に瀕してキョウたちの世界にやってきた彼らが駆るのは、なんとロボットではなくクリーチャーめいたAIで、我らがソゴル・キョウはゼーガペイン・アルティールを模したアーマー、光対装備を装着して戦う! ……え、これ『ゼーガペイン』で合ってる!?
ここで「これはこれでカッコいいけど、自分の見たかったゼーガペインかと言われると……」と困惑と不安が押し寄せてきたのはおそらく自分だけではないと思う。しかし、そのことに再結集した『ゼーガペイン』製作陣が自覚的でない訳がない。事実、この違和感は全て計算づくの「仕掛け」だったのだ。
というのも、ここまで登場していたキョウはなんと「自爆時に消滅したと思われていた」キョウその人、言うなれば「ADPキョウ」とでも呼ぶべき存在であり、彼が目覚めた舞浜は、元渋谷サーバーを用いた「冬メモリ」内で構築された冬の舞浜だったのである。そうそう、この「こちらの想像を斜め上に飛び越えていく」作劇、世界を引っくり返される衝撃こそがゼーガらしさ、自分が魅了されたゼーガペインなんですよ……!
更に、この種明かしを経ると、途端にここまで見られた違和感にも筋が通ってしまう。夏ではなく「冬の舞浜」というのは、「終わってしまった」ADPキョウの状況を表しているし、まるで別のアニメを見ているような感覚だった等身大戦闘パートは、それこそ『ゼーガペイン』当時の「何が本当の世界なのか、自分が見ている世界は何なのか」という混乱を蘇らせる為の盛大な仕込み。ある種「見ている世界を信じるな」の再演とも言えるかもしれない。
(オルダモーダたちが「ゲーム」という言葉を使っているのも、巧妙なミスリードだった。凄すぎる……!)
こうして、壮絶な「Re:ゼーガペイン」を見せてくれたSTAは、一方ではよりストレートな「続編らしさ」やファンサービスもしっかりと見せてくれた。
ルーシェンやクリス、メイ姉妹は勿論、シマの後を継いだミナトやAIたち、ルーバADPで登場した新キャラクターたちも登場し、なんとあのアビスまでもが粋な形で再登場。台詞はないものの、クロシオやカワグチたちも揃って顔を見せてくれたのが嬉しいところだ。
しかし、本作最大のファンサービスポイントと言えば、何と言ってもゼーガペイン・アルティールのパイロット (ガンナー/ウィザード) たち。中盤で実現した「ガンナー・リョーコ&ウィザード・シズノ」という待望のドリームタッグが実現しただけでも目を見開いてしまったのに、クライマックスではなんと「ADPキョウ&TVキョウ」という、文字通りのW主人公タッグが爆誕! あまりの前代未聞ぶりに、驚きとか感動を通り越してひたすら涙するしかなかった。これを前情報なしのサプライズとして浴びれて本ッ当に良かった……!!
本作は尺の都合もあってか、様々な設定に対する説明が非常に駆け足で、パンフレットを開いていない現状では、正直話の数分の一も理解できていないと思う。オルタモーダたちの存在がキョウのアナザーな気がする……とか、そんなテーマの根幹部分さえあまり飲み込めていないし、突如現れたアンチゼーガのこともよく分からなかった。エンドロールを見るに、もしかすると詳しい設定はパチンコゼーガペインで語られていたりするのかもしれない。
普段なら、こういった突っかかりがあると作品全体の余韻が「消化不良」に落ち着いてしまうこともあるけれど、今回はそんな感覚は一切なかった。予想を越えていく「ゼーガペインらしい衝撃」を劇場で浴び、ADPキョウの背負った宿命に夏の終わりのプールを重ね、その上で、想像だにしていなかった激アツトンデモクロスオーバーをこれでもかと浴びることができた。ゼーガペインSTAは、まさしく自分が待望していたゼーガペインの続編を、何倍も何千倍にもブーストして生まれた、最高の『帰ってきたゼーガペイン』だった。おかえり、キョウ……!!
……ところで、この映画について何としてでも、ともすればキョウやオルタモーダの面々以上に語らなければならないキャラクターがいる。ミサキ・シズノだ。
ADPキョウのパートナーであり、生まれ変わったキョウを時に厳しく、時に優しく導き、最終的には新たな自分を確立したキョウを見守って戦ったシズノ先輩。献身的だけど不器用で、纏う色気やお姉さんオーラの割に寂しがり屋で、その出自に深いコンプレックスを抱えていて、キョウの遺志を継ぐかのように何もかもを背負い込み、責任感と危うさの間で揺れている……と、彼女は魅力的なギャップをこれでもかと詰め込まれたミス属性過多でありつつ、それが川澄綾子氏の儚さと大人っぽさを兼ね備えた演技で見事違和感のないキャラクターとして昇華されている奇跡的な存在だ。こんなん好きになっちゃうじゃん……!!
しかし、彼女はそんな健気な頑張りに反し、生まれ変わったキョウのパートナーになることはできなかった。それは「繰り返しの中でも積み重なっていくものはある」と謳うゼーガペインにおけるある種の必然でもあり、シズノが愛したキョウはもうそこにはいない。そしてシズノもまた、キョウがいなくても自分自身の足で歩いていける強い女性へと成長することができた。思えば、シズノは「選ばれないことで、ゼーガペインのテーマを体現する存在として完成される」悲しきヒロインだったのだ。
……という、その理屈は分かる。でも、でもシズノ先輩には幸せになって貰いたい。作中後半でクリスと未亡人ペア (としか言いようがないよね!?) を組んでいたり、エピローグでリョーコが妊娠していたり……と、そういった画を見る度にどうしても胸が痛んだし、続編があるならどうにかシズノ先輩には幸せになって貰いたいと願って止まなかった。まあ、そんな贅沢な未来はどうせ来ないんだろうな……。
して、本作。メインビジュアルは勿論、予告のサムネイルにさえシズノ先輩がいる。これは期待して良いヤツですかい……!? と期待半分不安半分で見てみた結果、この映画、シズノ先輩への愛がハチャメチャにデカかった。
本編の大人びた顔付きを踏襲しつつ、より華やかに美しくブラッシュアップされたデザイン・作画は勿論、リョーコより出番が多い厚遇ぶりに、僅かに登場する「ミサキちゃん」概念、からの、リョーコと組んだ際の「シズノ先輩」復活宣言! し、シズノ先輩が……すっげぇ生き生きしてるッ……!!
これらの時点で感謝感激雨あられだったのに、更に発覚する「ADPキョウの復活」という特大のサプライズ、そしてADPキョウ&シズノタッグの再結成!!
ADPキョウとシズノの存在的な結び付きだとか、オルタモーダとの対称性だとか、最後の「エンタングル」の意味だとか、二人はどういう状況に落ち着いたのだとか、分からなかったこと/考えるべきことや込められたメッセージはたくさんある。その辺りはこれから開くパンフレットや各種コンテンツで追いかけていくとして、ここでは一旦、最後に一つ……二つ……いや三つだけ言い残して、潔く筆を置くことにしたい。
「シズノ先輩からADPキョウへのキス」を描いてくれて!!!!!ADPキョウとシズノの幸せな姿を見せてくれて!!!!!!!!!!シズノ先輩に心からの幸せを届けてくれて!!!!!!!!!!本当に本当にありがとうございました!!!!!!!!!!ゼーガペインSTA、最高ーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!